ドイツ発!ビールのはじまりについて知る


ビールとは何か。

ビールの原料を「大麦、ホップ、そして水」のみと定めた16世紀のビール純粋令が、今なお守られ続けているビール大国・ドイツ。400年間変わらぬビール造りを継承する若きマイスターたちは、つねに新しいアイデアで、次世代のビール文化を生み出している。

生産量、消費量ともにヨーロッパ最多を誇るビール大国、ドイツ。国内では5000種類以上のビールが造られる。地域色も豊かで、ケルンには「ケルシュ」という、低温で上面発酵させた、明るい黄金色のビールが、デュッセルドルフには、焦がした麦芽で作る濃い色の「アルトビア」などがある。また、季節によっても異なるビールが登場する。4月〜6月には「マイボック」というアルコール度数の高い下面発酵のビールが、夏になると、小麦麦芽を使った酸味が強くフルーティな「ヴァイツェン」が、ビアガーデンのメニューに並ぶ。

ポツダム郊外の小さな醸造所「フォルストハウス・テンプリン」で糖化釜の掃除を行う若い職人。天井からは原料となるホップが下がる。

修道院が広めた中世のビール醸造

ドイツのビール醸造の始まりは8世紀。南ドイツ周辺でビールが造られていたという書面が残っている。中世になると、修道院でビール造りが盛んになる。当時、修道院にはビール税が課されていなかったためだ。

「当時はまだホップが使われておらず、イチゴの葉や麻を使っていたところもあったそうです。ホップを使うようになってから、独特の苦味と香りが出てビールはおいしくなり、品質も安定するようになりました」

そう解説するのは、ベルリン郊外でオーガニックのビールを醸造する「フォルストハウス・テンプリン」の醸造技師、トーマス・ケーラーさん。醸造所のオーナーでもあるケーラーさんは、1516年に公布されたビール純粋令(左ページ参照)を守ってビールを造り続ける、若きマイスターである。

「ビールには大麦、ホップ、そして水」の原料以外は使用してはならないと定めた純粋令は、いまでもドイツ国内で広く守られている。16世紀に公布されたこの法令の目的は、ビールの品質の維持のほか、飢饉の予防にもあった。当時ビール造りに小麦を使用していたため、パンの原料でもある小麦の値段が高騰するのを防ごうと、ビールの原料を大麦に定めたのだという。

ポツダムの醸造所「フォルストハウス・テンプリン」では、古い器具譲り受けて醸造システムを自作。濾過された麦汁が流れる様子を見ることができる。

純粋令廃止後も暗黙の了解として

その後、原料に酵母が追加され、20世紀にはビール税とともに、ドイツ全土にこの法令が広められた。保存料や副材料を加えることを禁ずるこの法令により、ドイツビールは一定の品質を保ち続けることができたのである。

しかし実はこの純粋令、1987年に法的な効力を失っている。純粋令に沿わない外国産のビールも「ビール」と表記してドイツで販売できるよう、ECから制度改定を要求され、純粋令は廃案となったのだ。

だが、ドイツではその後も、積極的に副材料を入れて醸造するビール会社は現れていない。「純粋令を守り続けることで、他国のビールとは品質が異なるということをアピールできる利点もあります」とケーラーさん。
ドイツでは現在、ベルリン工科大学とミュンヘン工科大学付属のヴァイエンシュテファン醸造所、2カ所で醸造を学ぶことができる。アメリカ、日本など海外からの留学生も多く、ベルリン工科大学の醸造学科では英語で授業が行われているほど。純粋令を生んだ国として、海外からの信頼は変わらず厚い。

わずか4つの素材でビールに個性を出す

素材が4つのみだからこそ、そのこだわりは高まる。南ドイツのバンベルグには、種類もの麦芽を扱う専門の業者がいる。ビールの種類によっても使用される麦芽は異なるが、乾燥の程度によっても香ばしさや味が変化するため、醸造所はいろいろな麦芽を組み合わせて試行錯誤を繰り返すのだ。
第2の原料であるホップには、香りを加えるアロマホップと、苦味のあるビターホップの2種類がある。最近では、味や香りを安定させるため、苦味の含有量を均一化したペレット状のものや、エキスにしたものが多く用いられている。しかし「フォルストハウス・テンプリン」では、摘んだままのホップを使うことにこだわっている。自然の香りや雑味がビール本来の味を造ると考えているためだ。

ホップを入れて煮詰めた麦汁は、1週間の発酵と4週間の熟成期間を経て瓶や樽に詰められ、ビールとして完成する。保存料や安定剤を使わないので、大規模な醸造所では、品質を保つために、瓶詰めの前に再度濾過をして出荷するが、小さな醸造所ではこの工程を行わない。酵母が生きていてタンパク質も豊富なので、とても豊かな味わいだ。

「もちろん大麦以外の穀物を使ったり、副材料を使ってもビールを造ることは可能です。でも、ビール特有の麦芽の香りやコクは失われます」。若き醸造マイスターの心の中には、500年前から伝わるドイツビールの品質へのこだわりが、脈々と息づいている。

ビール純粋令とは何か?
1516年4月13日、バイエルン候ヴィルヘルム4世が公布した、ビールの値段とその原材料を「Gersten, Hopfen und Wasser(大麦、ホップ、そして水)」のみと規定する法令。その後、上記3つに加えて酵母の添加が認められた。帝政ドイツの創立に伴い、20世紀には他州でもビール税とともにこの法律が広められた。下面発酵のビールは、上記の4つだけが原料として定められていたが、上面発酵の場合はほかの穀物も認められている。1986年、法的な効力を失う。

なぜバイエルン公国で公布されたの?
当時のバイエルンでは高品質なビールが生産されておらず、貴族や聖職者は北ドイツから大量にビールを輸入していた。その出費を節約するため、バイエルン地域のビールのレベル底上げを図った、といわれている。

純粋令に違反するとどうなったの?
副材料を使ったり、水で薄めて販売するなどの違反を行った場合、その樽が没収されるなどの処罰が与えられた。なかには「一般市民向けに強制的に廉価で販売させる」「責任をもって醸造者に全部飲ませる」などの罰もあったという。

のちに酵母が加わったのはなぜ?
純粋令公布の段階では、ビールは自然発酵で醸造されており、酵母の存在が知られていなかったため原料に入れられなかった。1551年に公布された「改訂版純粋令」では、酵母(ドイツ語でHehe)が認識・記載されている。

参考文献:『ビール世界史紀行』村上 満著/ちくま文庫


河内秀子(ベルリン)=文 ジャンニ・プレッシャ(ベルリン)

本記事は雑誌料理王国第192号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第192号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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