パンとガストロノミー【1】 オマージュ(HOMMAGE)荒井昇さん


美味しい料理を出すレストランのパンが美味しいとは限らないけれど、美味しいパンを出すレストランの料理は、間違いなく美味しい—————レストランのパンについて料理人に聞くシリーズ、第一回は浅草「オマージュ」の荒井昇シェフです。

2000年の「オマージュ(HOMMAGE)」開業当時、料理に合わせるパンを焼いてくれるようなベーカリーが近所になかったので、荒井昇シェフはパンを自分で焼いていた。フランス修業時代はレジス・マルコンのオーベルジュ「ル・クロ・デ・シーム(Le Clos des Cimes)」で、深夜3時からパンの仕込みを手伝っていたこともある。

10周年が過ぎ、スタッフも増え、より上質なレストランへとステップアップしていく過程で、やりたいこと、できること、求められること、そして、一人ひとりのお客にかける作業時間のボリュームが増えていった。パンを同じ厨房でつくっていると、オーブンがかち合ってしまうこともある。クオリティを上げるためには、パンに使う労力を料理に持って行ったほうがいいと感じた。

そこで外注することにした。最初は広く流通している冷凍パンを仕入れた。2015年にミシュランの一つ星を、2018年に二つ星を獲得し、次なる目標へ向けて、料理はもちろん、調度品やお皿にいたるまで、細々したところをスタッフみんなで一つずつ見直していく中で、自然に「パンもオリジナルであればいいね」という話になった、と荒井シェフは言う。

「二つ星のお祝いで、地元のシェフ達が浅草に集まってくれた時、『ビーバーブレッド』の割田さんが5kg以上もある、あの大きなカンパーニュをかついでやって来たんですね。それがすごくおいしくて」。東日本橋にビーバーブレッドがオープンして間もない頃のことだった。

2019年の秋に荒井シェフは、オマージュオリジナルのカンパーニュをビーバーブレッドの割田健一さんに依頼した。熟成した味わいよりも、フレッシュな感じのもの。主張があり過ぎず、料理に自然に寄り添うようなものを望んだ。5ヶ月かけて完成したのは、フランス産の小麦、国産の全粒粉、国産のライ麦、イタリア産の栗粉入りのカンパーニュだった。パンを構成するさまざまな要素は、どの料理とも、それぞれ異なる幸せな出合いをするに違いない。コースの中でパンは、二つの違った顔を見せる。前菜の後にそのままで、メインディッシュの頃にもう一度、今度は温めて供される。温めることで栗のナッティな香りが際立ち、コースのクライマックスに寄り添う。

パンを愉しむ料理(2021.5)
自家製スモークのチョウザメリエット アニス風味
長谷川さんのグリーンアスパラガスヴルーテ
ロイヤルベルジャンオシェトラキャビア

函館のアスパラガスの農家、ジェットファームの長谷川博紀さんのアスパラガスのスープ。スープというよりアスパラガスの色と香りが濃縮されたソースだ。チョウザメのリエットの中にもブレゼしたアスパラガス。仕上げにキャビア。パンをちぎって、アスパラガスのソースをつけてもいいし、リエットとキャビアをのせてもいい。

©SONO

オマージュの裏手には荒井シェフのもう一つの店、ビストロ「ノウラ」がある。そこでは、ビーバーブレッドのあの大きな「マルディグラカンパーニュ」を使っている。断面を大きく見せられるようにカットして、7、8mmの厚さにスライスしてフォアグラに添えるほか、料理にも使う。「例えばツブ貝、クルミ、エスカルゴバターに混ぜてグラタンにしたり、根菜のスープにのせたりします。パンを香ばしく焼いて牛乳に浸し、その牛乳をカプチーノのフォームのようにしてスープに浮かべると、パンの香りのスープになるんです。あと、今はテイクアウトでパンプリンをやっていますよ」。

荒井シェフにとってパンとは、と尋ねてみた。
「それはなんで息をするの? みたいなことですね。料理の世界に入ってから、パンはあたりまえのように存在するものでした。その感覚はずっと変わらない。パンは理屈でなくそこにある、空気みたいなもの。普段あまり意識しないけれど、必要なものなのです。パンは好きですよ。ヴィエノワズリーや菓子パンも」。

そして最後に、レストランにとってパンとはどんな存在であるかも教えてくれた。
「テーブルに置いてあるパンにもストーリーがあると、レストランのこだわりを伝えるメッセージになる。それは、大切なことですよね」。

荒井 昇

1974年、東京都出身。都内レストランにて修業後24歳で渡仏、パリ「オーベルジュ・ル・クロ・デ・シーム」、南仏「オーベルジュ・ラ・フニエール」などの星付きレストランで研鑽を積む。帰国後の2000年に「HOMMAGE(オマージュ)」を開業。2018年、「ミシュランガイド東京」で二つ星を獲得。店の裏手にビストロ「noura」を開業し、現在に至る。

HOMMAGE(オマージュ)
【住所】東京都台東区浅草4-10-5
【電話番号】03-3874-1552
【定休日】月曜日、火曜日(祝日の場合は営業し翌日を休業します)
【営業時間】ランチ:11:30-12:30 L.O. ディナー:18:00-19:30 L.O.
(詳細、最新の情報は、公式サイトをご確認ください)
www.hommage-arai.com

取材・文=清水 美穂子 写真=小沼 祐介

清水美穂子
ブレッドジャーナリスト
パンとそれを取り巻く人々をテーマに、さまざまなメディアで執筆。
著書に『BAKERS  おいしいパンの向こう側』(実業之日本社)
『日々のパン手帖〜パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)ほか

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