食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

時にはたっぷりと時間をかけて朝食を  byマッキー牧元


朝の外食は、非日常のスリル感がいい

外でとる朝食は、スリルだ。
なぜなら、普段は家で食べることの多い朝食が、外食という非日常に変わるからである。たとえば広尾「栩翁S」で朝食をとれば、焼き魚にご飯というありふれた定食なのに、船上で醤油漬けにされたハタハタや、手開きで特別に作られたアジの干物の良質に、いい意味で緊張感が走り、背筋がピンと伸びる。

旅先では、ホテルのビッフェもいいが、街に出て朝食を食べてみよう。
京都なら、旦那衆に交じって、「イノダコーヒ本店」でスクランブルエッグや、「進々堂」でホットドックを食べる。「瓢亭」で朝粥を頼み、炊き合わせや酢の物で、燗酒をやるのもいい。大阪では、サラリーマンと一緒になって、新梅田食堂街の「奴」でかやくめし。
名古屋では、「コメダ珈琲」で、甘いモーニング。金沢では、近江市場の「近江町食堂」で、キトキトの魚の刺身をおかずに、ご飯を掻き込む。

軽井沢では、追分「キャボットコーヴ」で、ポップオーバーとマッシュルームスープ、福岡長浜市場では、食堂「魚がし」で、朝からブリステーキを、ガッツリといく。地元の人々に交じり、各地の食材と文化を生かした朝食を食べる。愉快じゃないですか。

photos by Mori Koda

栩翁S(Kuou-S)
恵比寿の日本料理店「やまどり」で料理長を務めた重島友和さんが2011 年秋に自店を開いた際、「昼と夜」ではなく「朝と夜」の営業形態を選んだのは、「朝なら好きなことができる」という理由から。ご飯は客の到着時間に合わせて羽釜で炊き上げ、脂ののった島根産ドンチッチアジの手開きの干物や福井県小浜産のハタハタの醤油干しなど、吟味した魚を炭火で焼く。心を尽くしてととのえられたシンプルな朝食を味わえば、素材の力が迫ってくる。

これが海外であれば、一段とドラマ性は高まり、スリルが増す。
パリの「ラデュレ」では、甘いパンペルデュを食べ、カフェクレームにクロワッサンを浸して(トンぺーして)、疑似パリジャン。

ソウルでは、出勤前の男たちと、武橋洞「ブッゴクッチプ」の「明太スープ」
で、二日酔いを抹消する。明洞のコムタン屋「河東館」の朝内蔵で、滋養を
みなぎらせる。

シドニーのビストロ「バンビーニ・トラスト・カフェ」では、セレブのビジネスマンに交って、完熟トマトとアボガドのターキッシュトーストをほおばる。
ハノイでは、通勤通学前の家族連れと一緒に、フォーガー、ブンタン、ブンズィウ、ミーバンタン、ブンチャー、ソイガー、バインミーと、賑やかな朝食を楽しむ。

サン・セバスチャンでは、バルの「Bideluze」で、優雅に時間を過ごす常連のおじいさんたちに交ざって、トルティーヤサンド、肉団子ピンチョス、ロシア風サラダで、朝から、チャコリ!
香港では、職人たちで混む「蓮香楼」で、朝飲茶。腸粉やお粥で朝茶と洒落る。

ニューヨークでは、「アイオープナー」と記されたブラッディーマリーを飲み、「サラベス・ウェスト」でエッグベネディクトとパンケーキか、「エッグ」で典型的南部アメリカ朝食という、過大なカロリーを享受する。
旅は、心の中にある機を動かす原動力だと吉田松陰は述べたが、旅の朝食もまた、内なる機を発し、動かすのである。

それは旅に行かずともできる。早起きし、人気のない横浜中華街の「安記」で静かに粥をすするのもよし。
するとなにかが、心の中でかちりと音を立てる。時間をたっぷりとって、外でとる朝食。普段接しない人々に交じっての朝食。それもまた、旅なのである。

文=マッキー牧元

本記事は雑誌料理王国2012年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は155号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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