料理王国8月号の特集、「オーベルジュ進化系」。長野県奈良井宿のオーベルジュ ビャクナライの編集こぼれ話。


取材先で出会った誌面で紹介しきれなかった様々な事柄をお伝えする野々山の編集長日記。料理王国8月号の特集「オーベルジュ進化系」の6件の取材先から、スタッフが届けてくれた編集こぼれ話。第三弾は「ビャクナライ」の取材から。ライターの君島さんの便りが届きました!
奈良井宿は中山道沿いに南北約1km続く日本最長の宿場町。江戸の宿場町をそのまま残す景観が魅力で、文部省選定の重要伝統的建造物保存地区に指定されています。素敵な街並みを散策して、木曽漆器の素晴らしさに出会う旅に出かけたいものです。

コースのスタートを飾るすり流し。酒造の蔵にあった150年前の器を甦らせたもの。良質な木地と漆を使った漆器は、何度でも塗り直して再生することができ、何世代にもわたって使用できる

おもてなしを通して地域のストーリーを発信!
地域経済活性化を図る「BYAKU narai」

1793年に創業し2012年に休業した「杉の森酒造」の建物などを蘇らせ、“日本を味わう百の体験を提供する”宿として再生した「BYAKU narai」。その館内に併設するレストラン「嵓(くら)」での食事にもたくさんの体験があふれています。

周辺地域の食材や、奈良井や塩尻に伝わる習慣をエッセンスにした料理はもちろんのこと、建物全体や調度品の数々にも無数の物語が宿り、ここでしか得られない体験を提供しています。シェフの友森隆司さんが「器もまた、私たちが大切にしている体験のひとつです」と話す通り、「嵓」で提供される料理のほとんどが木曽漆器で提供されます。

なかでも特別感あふれる器が、コースのスタートを飾るメニュー「清香(せいこう)」のお椀です。こちらは、杉の森酒造の蔵元・平野家の家財蔵から見つかった150年前の輪島塗りのお椀を、木曽漆器職人が塗り直したもの。

木曽漆器は素朴で丈夫、かつ価格もお手頃であったことから、江戸時代に中山道を旅する人々の間で奈良井宿のお土産品として人気を集め、家庭で日常使いする器として発展しました。

一方、輪島塗りは冠婚葬祭などの特別な日に使われることが多く、ほとんどの人にとって高価なものでした。また、大人数が集まることの多い冠婚葬祭の式では数量も必要となるため、地主や豪商などが大量に備えておき、地域の住民が必要なときに貸し出しをすることがよく行われていたそうです。蔵から見つかった輪島塗りのお椀は、まさにそういった器でした。

日常と非日常が混在する貴重なお椀で提供されるのが、奈良井の“今”を完全に表現する食材だけで作る「すり流し」です。おもてなしの意味に加え緊張をほぐすために、すり流しを提供する器にはカトラリーは添えず、器に直接口をつけて味わいます。ほっとひと息つくようなイメージで、味わいもあえてやわらかいタッチに仕上げているそう。

アスパラは細いものを選び、美しい緑を表現する。高温でごく短時間さっと炒めたアスパラにブイヨンを加え、ミキサーにかける
取材時はまだ朝晩の温度が下がり冷え込む季節だったため、牛乳を加えて洋風のポタージュのように仕上げた

「本来、お客さまにあれこれと食べ方をレクチャーすることはあまり好きじゃないのですが、このメニューだけは最初で最後のお店側からのメッセージとして器のストーリーを丁寧にお伝えしています」と、友森さん。

器を手のひらで包み込むようにそっと持ち上げるとしっとりと手に馴染み、木のやさしい温もりを感じます。飾り気のなさや軽さに気軽さを感じつつも、その内側には150年前からこの地域の人の特別な日を幾度となく彩ってきた器が潜んでいると思うと、感動がじんわりと広がるのを覚えました。

「嵓」での食事体験を通して木曽漆器に魅せられお土産に購入して帰る宿泊客も多く、木曽漆器の認知向上や売り上げアップに大きく貢献しているそうです。

「これまで注目されてこなかったり、土地の人が見落としたりしているローカル資源を活用し、ひとつでも多くコンテンツ化して、この地域やものの価値を高めていくことが『BYAKU narai』の役割であり目的」と話す友森さんは、時間さえ合えば厨房を飛び出し、お客さまを自ら生産者の畑へと案内することもあるそう。これからも“まち”全体をフィールドに活躍されるのでしょう。

木曽では床や壁、柱にも使われてきた漆。料理を乗せる折敷も漆を塗った和紙を重ねたもの。堅牢で防水性に優れ、使うほどに透明度が増していく。
南木曽ろくろ細工の皿は木目が美しい摺漆(すりうるし)仕上げ。硬い栗の木が下地で、漆に細かく挽いた蕎麦殻を混ぜることでより強度が増し、ナイフやフォークも使える。
「このお皿、最高でしょう」と目を細める友森さん。「この皿にふさわしい料理は何か」と、器からインスピレーションを受けることも多いそうだ。

text: Yuki Kimishima photo: Hiroyuki Takeda

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