中華料理のおいしい色使い


中国料理の伝統的な色づかい

中國名菜 孫 孫 成順さん
食材の色を活かし「色と油」「色と質感」の組み合わせを考えてさらに効果的な表現に

「料理の基本は、味、色、香り、形」と孫さんは言う。「特に色、香り、形は、お客さまが食べる前にまず受け取る情報。第一印象は大切だと思います」。その中でも重視しているのが色と香り。色については「食材の色を活かす」「季節を感じさせる」「すっきりとした印象にまとめる」などがポイントだ。「形は、ゲストの好みや流行に左右されがち。あまりとらわれません」。とはいえ、お客さまの好みや流行を無視しているわけではない。たとえば、「ラムのスペアリブと赤カブの煮込み」は、日本人の好みに合わせて進化した料理だ。
「焦がさないように長時間かけて煮込み、ラム肉を白く仕上げるのがコツ。ラムにカブを合わせるのは、カブの辛味や苦味がラムのクセを緩和してくれるからです」。この伝統的な料理に赤カブを選んで色鮮やかに仕上げたのは、孫さんのアイディアだ。「中国にいた頃は白いカブで十分と思っていました。色彩に強くこだわるようになったのは、日本に来て、その美意識に刺激されたからです」進化は大切だが、中国料理に見えないほど変わってはいけない。では、中国らしい色使いとは何か。「色使いに、油の量や質感を加味することや、茶色の濃淡を使い分けることなどです」こんなふうに中国料理を敬い、神髄を理解しているから、孫さんの料理には風格があるのだ。

茶色の濃淡を使い分ける

「豚肉とタケノコの山東風炒め」(右)と「アイスバインの老酒煮込み」は、どちらも醤油で味つけしたものだが、炒め物のほうは細切りにしたタケノコの色を残して強火でさっと炒める。煮込みのほうは弱火で50分ほど煮て、醤油の色を十分にしみ込ませる。

中国料理の色といえば醤油による「茶色」を連想する人は少なくない。「ひとくちに〝茶色〞といってもいろいろな濃さがあり、料理によってお客さまにおいしそうに見える濃度は違います」香りづけにさっと炒めた場合の茶色は薄い。じっくり煮込めば深みのある濃い茶色になるのだ。「長時間煮込む場合は、仕上がりの色を想定して醤油の量を調整する必要がある。味同様、仕上げの色についても、それは濃すぎても薄すぎてもだめで、適度な醤油の量を決めるのはなかなか難しいのです」「茶色」の究極は「金茶」ということで、孫さんは「リンゴの飴かけ」(左ページ)を披露してくれた。黄金色の照りを放つこの料理、実は醤油を使わずに砂糖だけで作る。砂糖を焦がさないように素早く炒めるには技と経験が必要だ。何気ない茶色の表現には、中国料理ならではテクニックが隠されている。

季節で油の量を変える

ラムのスペアリブと赤カブの煮込み
ラムは塩、コショウ、紹興酒などで味つけしたスープで、焦がさないように注意しながら1時間ほど煮込む。そこに赤カブを皮付きのまま入れて20分ほど煮て仕上げる。素材の色を活かした料理で、肉の白さと加熱によってピンク色になった赤カブが美しい。

夏は涼しげに、冬なら温かみのある色でまとめる。季節にふさわしい色の表現は、多くの料理人が実践していることだが、中国料理ではそこに「油の量」の調整が加わる。たとえば、肉のスープや煮込み料理の場合、冬は、「油が体を温める」というイメージで脂の多い部位を選ぶ。調理中、スープや煮汁にしみ出る油も取り去るのではなく、表面に油が浮いた状態で仕上げる。油が見えやすいように、塩をベースにした、澄んだスープにするのもひとつの方法だ。これを目の前にしたゲストの多くが、まず「体が温まる」という印象を抱くだろう。これに対して夏は脂の少ない部位を使ったり、調理過程で油をできるだけ取り除いたりして、油分を少なく仕上げる。夏は見た目も味もさっぱりとしたものが好まれる。だからこそ油の少なさがポイントとなる。冬とは逆。スープの透明感は、油の少なさを強調するためのものとなる。

視覚に訴える質感の表現

リンゴの飴かけ
砂糖をたっぷり使ったリンゴのデザートは、中国では祝い事などに用いられる伝統的な料理。シャキシャキしたリンゴの食感と細い飴のガリガリっとした歯応えが楽しい。

「油」の表現だけでなく、「質感」の表現も、料理をおいしく見せる効果的な色使いに取り入れたい。「リンゴの飴かけ」は、「質感」という点でも秀でた料理だ。まずその外見から、リンゴの食感や甘さ、加熱したことによる香ばしさなどを連想することができるが、何といっても決め手は、透明で細く糸をひく飴ということになる。これが、パリパリとした歯応えを連想させて、ゲストの「食べてみたい」という欲求をくすぐる。そして、実際に食べてみると、想像以上に小気味よい歯応えを体験することができるのだ。このほかにも、とろみや粘りをつけて仕上げたり、トロトロになるまで煮込むなど、さまざまな質感の表現を色彩表現と組み合わせると、ゲストに新鮮な驚きと感動を与えることができる。

Son Seijun
1963年、北京生まれ。25歳にして中国料理最高位「特級厨師」の資格を取得。91年に来日し、有名ホテルやレストランの料理長を経て、2007年、「中國名菜 孫」で独立した。現在、阿佐ヶ谷店、日本橋店なども経営。中国料理の専門書を手掛けたり、テレビ番組に多数出演するなど、幅広い活動を続ける。

上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年1月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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