昆布だしに鰹節を加えてとっただしを一番だしといい、昆布と鰹節の相乗効果でうま味を強く感じる。上品で雑味がなく、素材の持ち味を引きだす。だしそのものを活かす椀物、吸物などに最適。
〈できあがり分量約5.5ℓ〉
軟水 7.2ℓ
利尻昆布 120g
鰹本枯節(血合い抜き) 200g
一番だし
「だし」とは、素材を水で煮出すことで味成分や香り成分を抽出した水溶液のこと。日本料理のだしの素材には濃縮されたうま味成分が含まれている。それを水に移すことが「だしをとる」こと。しかし、食材は自然のもので単一の物質ではない。必要な物質と不必要な物質が混在しているので、必要な物質のみを水に移すことが重要となる。
フランス料理のフォンやブイヨン、中国料理の湯タンは、生の肉のうま味成分や野菜の成分を熱水で抽出したものだが、抽出しているだけではなく、長時間の加熱によって濃縮され、メイラード反応と脂質の酸化が起こっている。抽出、濃縮、反応を連続的に起こすことによって、フランス料理と中国料理のだしは、濃厚な味と豊かな風味を料理にあたえることができる。一方、日本料理で用いる昆布と鰹節は乾燥物。日本料理では、乾燥した昆布と乾燥して燻製した鰹節から、うま味成分と香りを水に抽出した「だし」を調味料の基本として多く使う。昆布は乾燥によって濃縮され、長期間保存される。鰹節は煮熟後、乾燥によって濃縮され、メイラード反応生成物の香気成分と燻製香気成分が付与される。日本料理の厨房では、すでに濃縮と反応が起こった昆布と鰹節を熱水で抽出することで、だしをつくる。つまり、フランス料理や中国料理と日本料理のだしは、うま味成分は同じだが、工程の順序が逆なのだ。
昆布だしに削った鰹節を入れて抽出したものを一番だしといい、昆布のグルタミン酸と鰹節のイノシン酸を同時に味わえるので、相乗効果でうま味を強く感じる。鰹節で重要なのは、イノシン酸だけではなく特有の香り。それらを水に移行させ、できるだけ失わないようにしたいので、鰹節を入れたあとは沸騰させないようにする。うまく一番だしがとれたら、まずはその特徴がよく出る椀物で楽しんでみたい。
新米ができる頃、豊作を祝っていただくのが豊年椀。米俵に見立てた鱧は、煎った米をまぶして揚げ、さらに煮て味を含ませる。三日月に抜いた卵豆腐、秋のご馳走の松茸とともに盛りこみ、季節とともに豊作を喜び、感謝する気持ちを込めている。
やわらかく蒸した海老芋にけしの実をまぶして揚げ、食感のちがいを楽しめる一品。蟹味噌が溶けこんだ餡は濃厚な味わい。
一番だしを使えば、食材を揚げたあとで煮たり、餡をかけることで、だしの味を含ませることができる。揚物のカリッとした食感とだしを含んだ食材のやわらかさのふたつのテクスチャーを楽しめる。ここでは、だしを活かした揚物と蒸物を紹介したい。
長い時間揚げすぎると食材が油っぽくなるので、表面が色づくくらい短時間で引きあげ、食材に油のうま味のみを移すのがポイント。芋類や茄子など火がとおりにくい食材は先に蒸してから揚げたり、短時間揚げてからオーブンでなかまで火入れしてもよい。油が多すぎると、中心までだしが浸透しないので、油で揚げた食材を煮たり、合わせだしで食べる揚げだし料理では、揚げたあとで熱湯をかけて油抜きをする。
蒸し調理は、蒸気を利用して食品を加熱する調理方法。水蒸気が食材にふれると潜熱(539cal/g)を放出して水に代わり、加熱初期に効果的に加熱することができる。蒸し調理では、蒸気が水に戻って付着するので食材表面の水分は蒸発せず、水分の少ない食品では、水分が増加する。煮る調理やゆでる調理では、食材の水溶性成分が煮汁に溶出するが、蒸し調理では、あまり溶出しない。したがって臭み成分も溶出しにくいので、下処理では下ゆでしたりすることで、臭み成分を取り除いておくことが重要。蒸し調理には、脂肪が少なく、生臭みが少ないタイやヒラメなどの白身魚が適している。また、やわらかくて煮ると崩れやすい蕪などの食材や、成分が水に溶けだしやすい食材の加熱に利用する。水分が食材の表面を覆い、温度も100℃ 以上に上がらないのでメイラード反応が起こりにくい。蒸す調理では、調理の途中で調味料を加えられないので、下処理のときに調味料を加えておいたり、加熱後にだしに葛でとろみをつけた餡などをかけることが多くある。
卵とだしを合わせて蒸した茶碗蒸しはシンプルな料理だけに、だしがおいしさの決め手となる。蒸すことでなかの食材の風味を逃がさず、味に一体感も出る。最初によく卵を溶きほぐしてからだしを加えて混ぜあわせ、すがはいらないように火加減と蒸し時間に注意してやわらかい食感に仕上げる。
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