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日本酒と鮨は実はマリアージュしない? 新政と「恵比寿えんどう」の新たなる挑戦


鮨を食べるとき、日本酒を合わせることについて疑問をもつ人は少ないだろう。しかし、両者は真に最高のマリアージュをしていると言えるのか? 鮨が鮨、酒が酒というそれぞれの道を突き詰めていけばいくほど、ペアリングの困難さはいや増すと「恵比寿えんどう」の店主・遠藤記史(のりひと)さんは言う。新政と2020年から年に一度、実験的に行なわれているペアリングコースから、鮨と日本酒の可能性について考える。

市場からだけでなく自ら産地に足を運んで生産者との直接取引きを増やす(魚だけでなく、うつわや酒をつくる職人も含む)。無料でお茶を出す「上がり」の文化へのアンチテーゼとして、ティーペアリングのコースを提案する。これは、2019年2月にオープンし、鮨の伝統をアップデートしようとする姿勢が開店当初から話題を呼んでいる「恵比寿 えんどう」の取り組みだ。

遠藤記史さんは、六本木の「鮨 さいとう」や広尾イノベーティブレストラン「長谷川稔」などで修行を積んだ後、2019年2月、現在の場所に「恵比寿えんどう」を構えた。

「恵比寿 えんどう」はカウンター8席。通常はディナー2万3000円(税別)〜予約を受け付けている。

遠藤さんが鮨に向ける独自の眼差しは、イギリス留学時代に培われたところが大きい。海外生活のなかで、生で魚を食べる鮨文化のユニーク性に気がついた。魚を扱う日本の技術の高さに感動し、25歳で帰国した遠藤さんは鮨の道に進む決断をする。

冒頭で触れた「恵比寿 えんどう」の取り組みは、決して伝統をないがしろにしているわけではない。むしろ、江戸時代以来の鮨にまつわる歴史と技術をリスペクトするがゆえ。真剣に自ら学んでいるからこそ生まれた疑問や仮説を、ひとつひとつ検証する過程なのである。

まぐろの赤身(写真)やトロ、クジラなど、ヘモグロビンが多く含まれるネタは、日本酒とのペアリングにおいて強敵。今回は「異端教祖株式会社 2016」でペアリング。オーク樽の香りで赤身の脂のニュアンスを締める考え方。

そんな遠藤さんが、2020年から秋田の酒蔵・新政と年に一度、実験的に行なっているのが、新政の日本酒だけで合わせるペアリングコースだ。鮨と日本酒をペアリングすることは自明に思えるが、なぜそれを「実験」と位置付けるのか。

「もちろん普段から自分の店でも日本酒を置いています。でも単に相性ということだけを考えると、ワインとのほうが鮨は合いやすいんです。たとえばワインだと、タンニンの成分がマグロの脂を切ってくれるようなマリアージュがある。
鮨は一貫で完成されたバランスを目指して握るものです。だからきれいにバランスが取られた新政の酒は、日本酒の中でもとりわけ合わせる難易度が高いと感じています」と、遠藤さんは話す。

今回のペアリングで提供された新政の日本酒ラインナップ(一部)。一般流通のない蔵出しやヴィンテージも多く、右から、

  • Ecru(エクリュ) -生成- 2020  
  • 亜麻猫VIA(あまねこヴィア)
  • 涅槃龜(にるがめ) 2018
  • 生酒熟成酒 2014 ※蔵出し
  • 翠竜(すいりゅう)
  • 碧蛙(あおがえる)
  • 紫八咫(むらさきやた) 2013 再仕込み貴醸酒
  • 陽乃鳥 橘(ひのとりたちばな) 
  • 涅槃亀 橘( にるがめたちばな)
  • 白やまユ 
  • 異端教祖株式会社 2016
  • 見えざるピンクのユニコーン 2016
  • 農民藝術概論 2019

温故知新からアップデートされる伝統

新政では、2012年から全量を純米酒化、2014年には生酛造りに統一し酒造りを行っている。甘み酸みのバランスが優れ、かつ複雑な酒質はユニークで、酒単体での完成度が極めて高い。
「新政さんには、ここ数年仕込みの時期に通っています。驚くのは、行くたびに手作業の工程が増えていることです。工業化するのではなく原点回帰されている」と遠藤さんは言う。

自社で発見された6号酵母のみを使った醸造への回帰にはじまり、トレーサビリティが確保された秋田県産の米のみを原料に使用、自社圃場での無農薬米の栽培も進めるなど、毎年アップデートを重ねてきた新政。近年では、木桶の使用を増やし、木桶作りの技術自体の継承にまで乗り出すなど、酒造りにまつわる伝統保護を掲げている。

互いのスタイルを崩すことなく、共に在るマリアージュ

両者による今回で開催2年目のペアリングコースは、2021年1月29日(金)、30日(日)の2日間で開催された。つまみ7品に握り12貫、巻物・椀に対して、13種類の酒を新政の福本芳鷹さんがペアリングした。福本さんは現在、新政で製麹を担当しているが、北海道・札幌の「鮨 一幸」でサービスを任されていた経験をもつ。

右が新政の福本芳鷹さん。「ペアリングにセオリーはありません。事前にある程度のイメージはしますが、決め込むことはせず、その場に合わせて提供をします」

「サービスの立場からすると、提供する温度帯を変えられる日本酒には、手を加える幅があります。今回はあくまで鮨が主役。完成された鮨が崩れることはやるべきでないので、あくまで女房役に徹しました」と福本さんは語る。

互いの到達点を確かめ合うような、恵比寿えんどうと新政のペアリングコースは、永遠の命題に験している。
「人間同士の結婚もそうですけど、どちらかが相手に無理をして合わせることなく、共に在ることって難しいですよね。新政とのイベントは毎年継続するつもりで、それをどうにか両立できないか、考え続けたいです」


遠藤記史 Norihito Endo
1986年、東京都生まれ。18歳でイギリスにサッカー留学し、25歳で帰国する。長い海外生活を経て改めて感じた日本食の多彩さに惹かれ、寿司職人の道を志す。その後、銀座の寿司店や穴子専門店を経て、六本木の名店で経験を積み、今年2月恵比寿に自身の店を構え、独立を果たす。お茶と寿司のペアリングを提案するなど、斬新な発想から繰り出されるコース構成で注目されている。

恵比寿えんどう
東京都渋谷区恵比寿南1-17-2 4F
TEL 03-6303-1152
ランチ12:00〜、ディナー17:30〜 ※予約制 
※営業時間は変更の場合あり
不定休

中森葉月=取材、文. 写真提供=恵比寿えんどう

中森葉月
1993年、奈良県生まれ。大学で美学美術史を専攻。卒業後、日本の文化・地域の魅力を伝える雑誌『Discover Japan』編集部を経て、フリーランス編集者・ライターとして活動。主な関心分野は酒食、アート、建築、サウナなど。


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