大分県宇佐市・別府市 和食の達人・笹岡隆次さんが探る乾しいたけの新たな可能性

乾しいたけ生産量No.1の大分が発信する新ブランド〝うまみだけ〟。品種ごとに異なる8種類の椎茸の風味を、「恵比寿 笹岡」の笹岡隆次さんが体感した。

乾しいたけ生産量No.1の大分が発信する新ブランド〝うまみだけ〟。品種ごとに異なる8種類の椎茸の風味を、「恵比寿 笹岡」の笹岡隆次さんが体感した。

標高およそ500m、山の斜面には薄日が差し込むほだ場が広がっていた。ここは澄んだ空気に包まれた静かな森だ。ほだ場とは、椎茸菌を植えたほだ木を並べる収穫場のこと。風通しが良く、木漏れ日が射すくらいの日当たりと、程よい湿度が必要だという。『恵比寿 笹岡』の店主・笹岡隆次さんが今回訪れたのは、大分県宇佐市安心院町にある椎茸農場『大平椎茸』。クヌギのほだ木が整然と並ぶ美しいほだ場は、この道約40年という大平忠利さんが手がけている。杉の木の合間から光が差し込むほだ場の小道を歩きながら、大平さんは語った。「クヌギの木は樹皮からの水分浸入が多いので椎茸栽培に向いているのです。太い木なら7〜8年は収穫できます。大分県にはクヌギの森が多いから椎茸栽培が盛んなのでしょう」

丁寧に椎茸を育てている大平夫妻。

原木椎茸の栽培に良質なクヌギの木が欠かせない。大分県では多くの椎茸生産者はクヌギの木を育てるところから行っているという。クヌギの木は切ったところからまた芽が出て再生するため、原木を使った椎茸栽培は山の保全にもひと役買っているのだ。こうした自然のサイクルが、大分県の豊かな山を守っている。
伐採したクヌギの木は1mほどの長さにカットされ、椎茸菌糸の入った種駒を植え付ける〝駒打ち〞を待つ。その後、直射日光が当たらないようにクヌギの枝などをかけ、風通しの良い場所に寝かせておく。この〝伏せ込み〞を1年半〜2年経てほだ場に並べられるのだ。

よく手入れされたクヌギのほだ木からポコポコと勢いよく椎茸が生えている。今年最後の収穫を待つ椎茸はぷっくりと厚みがあり、持つとずっしりとして身が詰まっていることが分かる。
よく手入れされたクヌギのほだ木からポコポコと勢いよく椎茸が生えている。今年最後の収穫を待つ椎茸はぷっくりと厚みがあり、持つとずっしりとして身が詰まっていることが分かる。
椎茸菌がほだ木の中で育つのをまつ伏せ場。
椎茸菌がほだ木の中で育つのをまつ伏せ場。

「原木椎茸は香りやうま味が濃いですね。品種によって肉厚なもの、香りの強いもの、柔らかいものなど、こんなに個性があることを初めて知りました」と笹岡さん。
「昔はほとんどが『121』という品種でしたが、温暖化が進んで栽培が難しくなってしまったのです。それで特質の違う新しい品種が増えてきました」と大平さん。この農場でも数種類の品種を作り分けているという。
現在、大分県で栽培されている品種は20種類以上。乾しいたけはかさの形や大きさで選別されるため、商品になると品種が混在することが多い。そこで品種によって味わいや食感が異なる乾しいたけをもっと知ってもらいたいと生まれたのが、乾しいたけの新ブランド『うまみだけ』だ。品種ごとに少量パックで売ることで、料理に合わせて気軽に品種の違いを楽しんでもらおう、というのだ。

『うまみだけ』はにく丸、ゆう次郎、115、とよくに、新908、193、240、金太郎の8種類。それぞれにおすすめレシピも紹介されていて 楽しい。
『うまみだけ』はにく丸、ゆう次郎、115、とよくに、新908、193、240、金太郎の8種類。それぞれにおすすめレシピも紹介されていて楽しい。

大分県の乾しいたけ生産量は全国一、それも国内生産量の約4割を占めているというからダントツだ。椎茸栽培の歴史も古く、1600年頃まで遡る。現在の原木椎茸の栽培法である「純粋培養木片種菌法」も大分県から始まったもので、それまで不安定な要素が多かった原木椎茸の栽培は、この導入により生産量が飛躍的に伸びた。その結果、全国で取り入れられるようになったという。栽培の歴史が古く、熟練した生産者が多いことも、大分県の椎茸の品質が高いことに繋がっている。
乾しいたけ王国である大分では、全国でも数少ない椎茸入札市場が置かれている。農場で乾しいたけに加工された商品は、競りへ持ち込まれるのだ。そこで競りが行われるという別府市の椎茸入札市場『やまよし』へ見学に向かった。倉庫には1箱20 ㎏ほどという乾しいたけが入った大きな箱がずらりと並んでいる。競りは1日、11日など1のつく日に行われ、1kgで平均4,500円ほど、上質なものになると7,000〜8,000円もの高値で売れるという。

競りで取引される椎茸には紙に書かれた生産者情報が付けられている。購入者は値段を書いた紙を入札する。
競りで取引される椎茸には紙に書かれた生産者情報が付けられている。購入者は値段を書いた紙を入札する。

「クッキーのような香ばしい香りがしますね」と椎茸の箱に顔を近づけて笹岡さんが笑った。「新しい椎茸は香ばしい香りが強いんですよ」と教えてくれたのは、案内役を務めた『やまよし』の河内由揮さんだ。
「丹精込めた生産者のものは香りも見た目も全然違います。良い椎茸に育てるのは非常に手間がかかるんですよ。特に雑菌が付きやすいふせ場は常にチェックを怠りません。何度かはほだ木を割って菌の成長度合いを確認し、ほだ場に並べてからもしっかりと見回ります」と続けた。手入れの行き届いたほだ場は、ほだ木が整然と並び見た目にも美しいという。椎茸作りに愛情があり、丁寧に作られているかは、ほだ場を見ればひと目でわかるそうだ。

笹岡さんと『やまよし』の河内さん。
笹岡さんと『やまよし』の河内さん。
『やまよし』1階はイートインもできるショップ。最近では珍しい椎茸の量り売りも行っている。
『やまよし』1階はイートインもできるショップ。最近では珍しい椎茸の量り売りも行っている。

さて、では実際に『うまみだけ』を食べてみようということで、笹岡さんに調理を担当していただいた。品種によって個性があるというが、どのように違うのだろうか。まずは8種類すべてもどして炊いたものをテイスティング。
「品種の違いで椎茸を食べ比べるというのは初めての経験です。それぞれ歯ごたえがあったり、香りが強かったり、個性が違うのがとても興味深いですね」と笹岡さん。
肉厚な〝115〞は歯ごたえが強く、味も香りも濃厚だ。一方、同じ肉厚でも〝にく丸〞は香りも味も穏やか。逆に食感柔らかな〝193〞は香りがとてもいい。意識して食べ比べてみると、乾しいたけそれぞれの個性が際立って感じられた。さらに椎茸の香り、食感、味わいの特徴をポイントにしてみると、品種ごとに向いている料理が見えてきたという。例えば、香りがよく綺麗なうま味がある〝ゆう次郎〞はお椀のような上品な料理に合う。歯ごたえ抜群、弾力の強い〝金太郎〞は、肉にも負けない食感を生かして使いたい。〝とよくに〞や〝新908 〞のように歯ごたえが優しい椎茸は、炊きものや酢飯に使うイメージだ。

『うまみだけ』8種類はもどして煮たものをテイスティングに使用。
『うまみだけ』8種類はもどして煮たものをテイスティングに使用。
「食べ比べてみると違いが分かりやすい」と笹岡さん。
「食べ比べてみると違いが分かりやすい」と笹岡さん。

そこで笹岡さんに考えて頂いたのが『ごちそう鶏めし』と『椎茸の丸ごと唐揚げ』の2品。
「鶏めしには、大分の代表的な美味を盛り合わせました。素朴なにぎりめしをあえてごちそうにしてみようという発想です」
大分市吉野原に伝わる郷土料理が『吉野鶏めし』。この鶏めしに刻んで加えたのが、柔らかくて濃厚な味の〝新908〞だ。上には炊いた金太郎、関サバ、大分産黒毛和牛の炭火焼きなど豪華な具材をのせ、大分の味覚をたっぷり盛り込もうという趣向。

『ごちそう鶏めし』は、ごぼう、鶏肉、椎茸の炊き込みご飯だ。
『ごちそう鶏めし』は、ごぼう、鶏肉、椎茸の炊き込みご飯だ。

ドカンと大きな姿揚げが迫力の『椎茸の丸ごと唐揚げ』は、サイズが立派な〝金太郎〞を使用。肉厚で大きい金太郎をさっと炊き、唐揚げにしている。
「金太郎は驚くほど肉厚で、〝花〞といわれる表面の割れ目が多く、歯ごたえがしっかりしています。その特性を生かしてシンプルに揚げてみました」
大分県竹田市産のサフランで色付けしたくずあんをひき、昆布〆にしたヒオウギ貝を叩いてのせ、幻といわれる姫島の2日ひじきを散らした。

『椎茸の丸ごと唐揚げ』。インパクトのある金太郎は料理の主役になる。国産サフランをトッピングした。
『椎茸の丸ごと唐揚げ』。インパクトのある金太郎は料理の主役になる。国産サフランをトッピングした。

「日本料理では乾物の椎茸を調理することは少ないですが、今回は個性の違う椎茸を比べることで新しいアプローチが見つかりました。生椎茸を揚げたことはありますが、乾しいたけを揚げたのは初めてですよ(笑)。今まではもどして煮るという発想しかなかったけれど、揚げたり焼いたりともうひと手間加えることで、また違う美味しさが生まれることも分かりました。これは発見でしたね。うま味も栄養価も生よりも強い乾しいたけですから、新しい料理のアイデアが湧いてきました」
椎茸は日本人の身近にある食材だが、品種の個性に注目することで、今までにない使い方の発想や、自分の好みに合う椎茸を見つけることができる。『うまみだけ』というプロジェクトが、これまで見過ごされていた乾しいたけの可能性を豊かに変えているのだ。

「恵比寿 笹岡」店主 笹岡隆次さん
東京・築地生まれ。赤坂の料亭「長谷川」で料理の世界に入る。赤坂、新橋の料亭で活躍後、1997年「恵比寿 笹岡」、2007年丸の内に「恵比寿 笹岡 新丸ビル店」をオープン。北大路魯山人の直系の弟子であり、江戸千家茶人「笹岡宗隆」としても活動中。

■問い合わせ先
大分県農林水産部林産振興室椎茸振興班
TEL 097-506-3836(直通)

大平椎茸
大分県宇佐市安心院町寒水1062 TEL 0978-44-4971

やまよし
大分県別府市西野口2-2 TEL0977-21-8111
https://www.shiitake-ya.co.jp

text:岡本ジュン photo:富貴塚悠太

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