食の国際化に対応するためにフード業界で義務化されるHACCP。調理の規制や罰則はあるのだろうか。
HACCP(HazardAnalysisandCriticalControlPoint)は、アメリカ航空宇宙局(NASA)が、宇宙で食中毒を防ぐための衛生管理方法として考案したのが始まりです。
1993年に食品の国際規格を定めるコーデックス委員会により、HACCP適用のガイドラインが発表され、各国においてHACCPに基づいた衛生管理が進められるようになりました。日本は1996年に、食品衛生法にHACCPを取り入れ、一部製品を対象に認証制度を開始。しかし2016年の調査では、売上高が100億円以上の企業の約8割がHACCPを導入しているのに対し、1億円未満の中小企業では2割以下と少なく、普及しているとはいえません。
そこで厚生労働省は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見据え、HACCPによる衛生管理の制度化の枠組みをまとめ、2018年3月に食品衛生法改正案を国会に提出しました。フード業界全体でのHACCP義務化を決めたのです。
給食施設などでの食中毒や異物混入を防ぐ大量調理施設衛生管理マニュアルもHACCPの考えに基づき構成されています。ただ誤解をしないでいただきたいのは、HACCPは、肉の加熱温度など、調理工程を細かく規定する調理マニュアルとは違うということです。料理人のみなさんが作るお料理を、安全に提供するために必要な衛生管理システムを作ることを目的としています。
レストランなどの一般飲食店は、今まで行なってきた一般的衛生管理にHACCPをどう取り入れるかがポイントになる。
事業者によって制度化は、2つのグループに分けられます。と畜業者や一定の規模以上の事業者は、コーデックスHACCPの7原則を要件とする「HACCPに基づく衛生管理」(基準A)。これを実施することが難しい飲食店などの小規模事業者は、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」(基準B)に区別されます。
HACCPによる管理方法は、実行が難しく、手間ばかりで効果が薄いという誤解があるようですが、多くの飲食店が対象となる「基準B」は、これまで行なってきた衛生管理を変えずに、十分に対応できます。
「HACCPに基づく衛生管理」(基準A)では、下図のように細菌などの危害要因を分析(ハザード分析)し、除去・低減するための管理基準を定めて管理します。一方の「基準B」では、食中毒予防三原則を基本に、どの食品にも行うべき一般的衛生管理のポイントと、調理工程にあわせてチェックする重要管理のポイント(重要管理点)を設けた衛生管理計画を立てて実行し、実施状況を記録し、見直します。PDCA(PlanDo,Check,Action)サイクルで継続的に作業を行い、衛生管理を「見える化」していくのが、HACCPです。
食品安全の国際規格であるISO22000、FSSC22000は、HACCPの考えを採用しているので、大きな食品等事業者は、国際基準に則った計画を立てやすくなります。
店舗の自主性によって衛生管理をするからこそ料理人の正しく新しい知識が必要に。
HACCPでおいしい料理が作れるのか? 答えは「YES」です。その代わり、みなさんには、これまで以上に食中毒の原因になる危険な細菌や寄生虫に対する知識が必要になります。例えば、O157(腸管出血性大腸菌)は、75度以上で1分以上加熱すれば死滅します。牛肉の塊なら、食材に付着していたとしても表面だけで、中に入り込むことはありません。そのため、しっかり表面を焼けば、中はレアでも問題ありません。しかし、ミンチなど処理した肉は例外で、中にO157が入り込む可能性があるので、中心までしっかり焼く必要があります。
一方で、鶏肉に多いカンピロバクターは、酸素が少ない環境を好む性質をもち、肉の内部に潜り込むこともあります。そのため、鶏肉は良く焼く必要があるのです、ジビエも寄生虫やウイルスを持っている可能性があるので、中まで焼かないと、安全とは言えません。つまり、調理工程のどこをチェックするかを決めるためにも、食中毒の原因になる微生物のことを知る必要があるのです。具体的なチェック方法は、保健所の方に相談するとよいでしょう。
グローバルな食品安全管理システムとして多くの国で導入されているHACCPは、扱いは国によって異なりますが、レストランなどに対して工場並のHACCPを義務化している国はありません。イギリスではSFBB、アメリカではリテールHACCPと、小規模事業者を対象にした独自のプログラムを実施しています。
導入には、大きな設備投資が必要で、さらには人材確保、社員教育の複雑化などデメリットばかりではないか。
これからは、HACCPの考え方を正しく理解し、応用できる企業が発展していくのは間違いありません。今後、インバウンド客がますます増えることを考えると、レストランにも同じことが言えそうです。東京都のマイスター制度など、各自治体の承認制度にはHACCPを取り入れているものも多く、それを看板に掲げることで他店との差別化につなげているレストランもあります。しかし、導入するには、設備にお金がかかる、手間や人手がいるなどの誤解があり、それが導入を消極的にさせる要因になっています。
HACCPの注目すべき効果は、ソフト面の向上です。まず、衛生管理をルール化することで、作業工程や在庫の管理もしやすくなり、安全性はもちろん、作業効率が高まって食材ロスが減り、コスト削減につながります。また、問題が起きた場合には、原因や改善部分が明確になるため、事故やクレームへの対応もスムーズです。さらに、従業員が意見を出し合い、工夫することで、衛生管理の意識がおのずと高まっていきます。
厚生労働省は、HACCPを「承認制度」ではなく「義務化」としました。それは、承認を受けることがゴールではなく、やり続けることが重要だからです。持続可能な衛生システムを自分たちで作りあげて管理することが、レストランだけでなく、お客様にとっても大きなメリットになります。
コーデックス委員会
国際連合食糧農業機関(FAO)および世界保健機関(WHO)の合同機関。食品の安全性と品質に関する国際基準を定め、消費者の健康保護、食品の公正な貿易の確保等を行う。日本は1966年に加盟。
食品衛生法
食品の安全性確保のため、公衆衛生の見地から食品に関する必要な規制やその他の措置を規定する法律。1947年に制定され、食品事故や不祥事が相次いだことから2003年に大改正が行なわれた。
大量調理施設衛生管理マニュアル
大量にメニューを提供する集団給食施設等での食中毒を予防する目的で、HACCPの概念に基づき、加熱調理の手法や調理後の温度管理など、調理過程において重要な管理事項を定めている。
コーデックスHACCPの7原則
HACCPに基づく衛生管理を効率的、効果的に行うための導入方法12手順のうち、危害要因分析から記録までの後半の7手順は、特に重要で絶対に守らなければならないため7原則と呼ばれる。
ハザード分析(HA)
原材料や製造加工過程において、どのような危害要因(ハザード)が潜んでいるか拾い出し、起こりやすさ、発生時の健康被害の程度、危害要因に対する管理手段を分析し、明らかにすること。
重要管理点(CCP)
食品の製造過程で起こりうる食中毒などの危害要因を防ぎ、排除または低減するために管理や監視が必須となる、HACCPに欠かせない重要なチェックポイント。バザード分析(HA)と重要管理点(CCP)を合わせて、HACCPとなる。
ISO22000、FSSC22000
いずれも、民間機関による認証のための要求事項。ISO22000は「食品安全マネジメントシステム・フードチェーンの組織に対する要求事項」と称する国際規格。FSSC22000はISO22000を補強するもので、どちらもHACCP分析手法が基本。
SFBB
イギリス食品基準庁(FSA)が、英国内の小規模事業者向けに行うイングランド食品衛生規則「より安全な食品、より良いビジネス」の略称。HACCPを基本とした行動ベースの食品安全プログラム。
リテールHACCP
アメリカ食品医薬品局(FDA)が発表したリテール(小規模レストランなど)事業者向けのHACCP。リテール分野のハザード分析が簡単にできる独自に開発したプロセスアプローチを利用。
東京都のマイスター制度
東京都食品衛生自主管理認証制度によって認証を受けた施設のうち、HACCPの考え方に基づく衛生管理を実施している施設に対し東京都は、「東京都食品衛生マイスター」を与え、認証している。
Navigator
公益社団法人日本食品衛生協会 公益事業部HACCP事業課
岡本愛さん
日本食品衛生協会では、厚生労働省が定めるHACCP導入の飲食店用の手引書を編纂。HACCP導入の相談を受け付けている。
本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。