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【連載】和食のルーツをさぐる④   『巨大貝塚をつくった小さな貝』


大型貝塚のイボキサゴ

イボキサゴは、ダンベイキサゴ(ながらみ)と同じキサゴのなかまの巻貝だが、成長しても2センチほどにしかならない小形種である。東京湾東岸の大型貝塚群のうち、貝層がとくに大きい千葉市から木更津市の貝塚では、イボキサゴがおおむね9割を占めている。信じがたいことに、これほど小さな貝が巨大な貝塚群をつくり、多くの人口と豊かな文化を支えたのである。
大型貝塚のイボキサゴは平均12㎜~13㎜とごく小さく、粒ぞろいである。満1歳くらいまでしか成長できないほど頻繁に採取されていたことを示している。肉量は小さいため、大量にムラに持ち込んで一つずつ身を取り出して利用されたとは考えにくい。対称的な存在は、同時期に海岸線につくられたむき身・干し貝加工のための貝塚であり、大きなハマグリやマガキばかりを選択している。この小さな貝が内陸部に巨大な貝層をつくったことを理解するためには、身が小さく取り出しに手間がかかる欠点を上回る価値、あるいは身を取り出さずに利用した可能性を想定する必要がある。

現在のところ以下のように考えている。
イボキサゴやハマグリは一年中安定して入手できるがエネルギー量は低い。ドングリやイモ類はエネルギー量が高いが、それだけでは食べにくい。塩分を含まない植物質食材の料理が、他の食材や調味料によって閾値(いきち)に達しているかどうかは、縄文人にとっても重要であったはずである。魚介類の価値は、通年にわたって、毎日のように鮮度の良い動物質食材が得られることにあったと考えられるが、単独の価値以上に、植物質食材の利用の拡大による食生活の安定に繋がったことがより大きかったのではないか。相乗効果をもたらした、という見方である。

東京湾のイボキサゴ

東京湾のイボキサゴは、縄文時代から江戸時代まで食材として利用されたが、大量の利用は縄文時代に限られる。食用以外では、江戸時代から戦前までコメ作りの肥料として日本の食事情を支え、多様で美しい殻は、おはじきとしても人気があった。戦後は利用が下火になり、干潟の埋め立てとともに人々の記憶から消えていった。ただ、縄文貝塚の発掘や分析を日常としていたわたしたちにとっては、馴染みが深く、縄文人にこれほど愛された貝を食べてみたいという憧れの存在だった。
一時は壊滅状態にあったイボキサゴが木更津市の盤洲(ばんず)干潟に復活したのは1995年ころである。それから現在に至るまで、干潟の先端を埋め尽くしているが、市場に出ることはない。アサリやバカガイなどの不漁が続いており、未利用貝のみが大蕃殖する皮肉な状況となっている。

採りたての盤洲干潟産イボキサゴ

食材としての魅力

イボキサゴは干潟の先端から浅瀬に多く、生息密度は1m×1mあたり3,000個体にもなる。ほとんど砂に潜っていないので、かごや網を使って砂の上面をさらうと一度に大量に採取できる。波で砂が巻き上げられてほかの貝殻が混じらない場所では、生きたイボキサゴのみが大量に入る。これほど効率よくまとめて入手できる食材はそうはないだろう。毎年実施している「盤洲干潟イボキサゴ採取会」では、参加者から驚きの声があがる。いっぽう、条件の悪い場所で採取した場合には腐敗した死殻の除去に苦労することになる。

近年、千葉大学と淑徳大学が生肉の成分分析を行っている。それによると、タンパク質はカキおよびアサリの2倍、エキス成分はタウリン、アルギニン、アデニル酸に富むが、他の貝類よりグルタミン酸やグリシンに乏しかった。スープの官能検査ではカツオ節やニボシの混合スープの方が単独よりうま味・甘味が強かった。実際にスープにするときには、アサリやヤマトシジミの倍くらいの量を入れている。塩分も含んでいるので、何も加えなくても独特の甘い香りと上品な風味をもった美味しいスープになり、加曽利貝塚博物館のイベント等でも好評である。うどん、パスタ、ラーメンなどどれにも合うが、強い個性には欠けているかもしれない。貝塚の分析からみると、縄文人はイボキサゴ+魚、ハマグリ+魚の混合スープを利用していたらしい。この貝の持ち味をうまく活かしていたといえるかもしれない。

イボキサゴの殻・身・蓋
殻の模様は個体差が大きい。きれいなものを集めると冒頭の写真や、上の写真のようになる。

うま味文化のルーツ

身もきっと食べたであろう。乾煎りやさっと湯がいた身は取り出すのもそれほど難しくはなく、おやつや酒肴に向いている。「イボキサゴ串」(下の写真)は炙ると格別な味わいである。ただ、シジミ汁で身だけを食べて汁は飲まないという人が少ないように、大型貝塚のイボキサゴについても身の価値は相対的に低く、エキス成分のほうが重要だったのではないか。そう考えないと、大量の利用を説明できない。

この考えが妥当であるとすれば、 “うま味”の積極的な利用の開始が5,000年前に遡ることになる。大型貝塚は、地域の新鮮な食材とその持ち味を生かした鍋料理の完成によって生まれたモニュメントであったのである。

大型貝塚群の近くには、殻付きの貝をまったく持ち込まない非貝塚ムラがたくさんある。そこに運ばれたのは貝のスープか、スープストックか、あるいは魚醤があったのかなど興味はつきない。まだわからないことばかりである。豊かな文化・社会をつくり、一時代を築いたほどの貝であるから、まだ見えていない魅力をたくさん秘めているに違いない。分析・研究を進めるとともに、さまざまな料理や食品に利用されることで新しい発見が生まれていくことを期待している。

イボキサゴプロジェクト

「イボキサゴを千葉・木更津の名物にしたい」、「縄文時代の食文化研究を通じて、日本の自然や文化の魅力を伝える取り組みに深いストーリーを与えたい」と考え、さまざまな取り組みを進めてきた。

商用利用も始まっており、イタリアンのフルコース、おでん、たこ焼き、ライスコロッケなどがある。イボキサゴの調達については、木更津市金田漁業協同組合の石川金衛さん(TEL:090-3545-1161)に連絡を。イボキサゴのエキスは、「縄文グルメ推進委員会」が取り扱っており、長田芳喜さん (TEL:090-3400-6311)に連絡を。また、千葉市中央区問屋町にあるオリエンタルキッチン・イタリアーナではイボキサゴのパスタを提供している(要予約。TEL:043-238-9112)。

オリエンタルキッチン・イタリアーナのイボキサゴコースの例
(前菜のムース、アクアパッツァ、パスタ「カイヅッカ」)
筆者(左)、石川金衛さん(右)とイボキサゴ漁用に改良したまきかご

西野雅人(にしのまさと)
千葉県柏市で育つ。明治大学卒業後、千葉県の職員として遺跡の発掘や保護の仕事を続け、現在は千葉市埋蔵文化財調査センター所長。大学1年で参加した貝塚の発掘にはまり、それから40年千葉県の貝塚研究をもとに縄文人の資源利用や食文化の解明に取り組んでいる。特別史跡加曽利貝塚を貝塚研究の拠点にして、魅力を発信・活用していきたいと日本酒を飲みながら考えている。


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