高井実シェフが長年在籍した大阪の「ホテルプラザ」は、食通の牙城だった。ホテル内の「ル・ランデブー」は全国的に名の通ったグランメゾンで、バブル期には贅の限りを尽くした上等な食材が集まった。技術だけでなく、〝ピン〟の食材に触れた体験が財産になった、と振り返る。
独立した高井さんが開いた「レストランヴァリエ」も大阪屈指のグランメゾンとなった。ゲストのために最上級の食材を揃えることが、使命と考えている。同時に、自店で働く若い料理人たちにも、上質な食材の扱いを体験させたいと願う。
「僕が食材マニアということもあるんですけどね」と照れ笑いする高井さんは、言葉に違わず今でも自ら食材を求めて各地を回る。朝は中央卸売市場へ、昼の営業を終えると、車を走らせて京都府亀岡市の野菜農家へ。ある日は和歌山の産直市場へも足を延ばす。丹波の猟師からはジビエ、農家から松茸や栗。「農家のおばちゃんが売ってるいい野菜もあるんですよ」と、熱い食材談義が続く。
一方、魚介は山口、静岡など各地から仕入れるが、最も楽しいと感じているのが北海道函館市の川村水産から届く魚介だ。他店から紹介された仲卸の川村淳也さんに連絡し、函館へ飛び市場を見て回った。季節は夏。高井さんの心をつかんだのが、青森県の大間と同じ漁場から揚がるマグロだった。築地市場か道内で消費されるので、関西では切身が主流。丸ごと使ったことがなかった。即決して、20キロ程のマグロを1本送ってもらうことにした。昼夜ともに様々に調理して、1週間後すぐに2本目を注文した。「それ以来、川村さんの目利きを信頼しています」。蝦夷鮑やウニ、白子など折々の北海道の魚介を直接大阪へ空輸してもらう。
300グラム級の蝦夷鮑は、時間かけて蒸し上げる。「スチームコンベクションの方が楽ですが、状態を見ながら火力を微調整したいので、あえて蒸し器をプラックの端に乗せてじっくり蒸します」。
それを、惜しみなく大ぶりにカットしてイカスミのリゾットの上に乗せた。蝦夷馬糞ウニは、出す直前に炙って味をさらに濃厚にする。作り手も北の食材を扱うことを愉しんでいる、それが伝わる至福のひと皿だ。
函館産蝦夷鮑のリゾット 噴火湾の焼きウニ添え
イカスミのリゾットの上に、5時間蒸し上げた蝦夷鮑を一口大にカットして乗せた。生のままではリゾットに負けるからと、炙って甘みを強めた蝦夷馬糞ウニもあしらって。緻密な仕事、贅沢な食材の組み合わせ。磯の香りが口いっぱいに広がる。
三好彩子=取材、文 太田恭史=撮影
本記事は雑誌料理王国2014年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2014年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。