【けしからん酒場その三】うまいものを作らないお店


ダメよダメよと言われてもなぜか惹かれる。それがけしからん酒場

読みづらいメニューにムラのある接客――。文字だけ見ると、「けしからん」こともなぜあの店では唯一無二の魅力になるのか?そこにはサービスの本質に迫る秘密があった!タブーから読み解く、惹かれる店の新法則。

【けしからん酒場その三】うまいものを作らないお店

「俺はうまいものを作ってるんじゃない、正しい(・・・)ものを作っているんだ」と喝破したのは、イタリアンの鬼才・小林幸司シェフ。

 何年も前に耳にした言葉だが、最近は酒場に行くと、このフレーズをよく思い出す。若い頃には気づかなかったが、惹かれる店には、単なるおいしさだけを求めない店があるということだ。特に伝統を守る老舗では、その傾向がわかりやすい。

 例えば、古くから人が途絶えない酒場には、強めに締めたコハダがあり、食べると舌が曲がりそうになるほど酸味が強かったりする。しかし、何度も食べているうち「コハダは、このくらいじゃないと」と、妙な確信を持つようになる。

 小川町の蕎麦屋「神田まつや」では、メニューにはないが、分厚い衣の天ぬきを注文できる。昔から「谷中の質屋そば屋の天ぷら」と言われるくらい(=衣ばかり)で、これも「旨いつゆに沈めた衣を食わせるのが天ぬきの本質である」と、諭すような品である。

 食材の流通も、調理技術も調味料も発達し、おいしさのレベルが上がった現代で、唯一確かなものは「正しさ」ではないか。それはある料理が生まれた背景に即した、魚の締め方であり、衣の厚さだ。それらを守り続けるのは、時に現代のおいしさに(あらが)うものだが、あえて「ウチの味」を出す店には、他にない魅力を感じてしまう。

神田まつや

神田まつや
東京都千代田区神田須田町1-13
03-3251-1556
● 11:00~20:00(土祝は~19:00)
● 天そば(天抜き)2000円~(税込)
● 日休
● 66席
www.kanda-matsuya.jp

前を通れば、その風格ある建物に誰もが足を止めてしまう老舗そば店。天ぬきをはじめ、正しいあり方を守る仕事に惹かれてか、店内は昼夜問わず満席に。


text by 鳥越達也
Tatsuya Torigoe
年間300軒の暖簾をくぐる酒場ライター。仕事柄、二度行く店はそうないが、今回は8軒を厳選した。魅力的な品書きを見ていると目がうつろになるが、幸せ。

本記事は雑誌料理王国第289号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第289号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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