日本人の舌にチューニングすることのない、大陸の料理人による本気の少数民族料理を味わえる機会が増えている。ここで紹介するのは中国西南部、貴州省出身の一級厨師による郷土料理。味も香りも日本の納豆と違わぬ、貴州豆豉を使った火鍋だ。
中国の西南地方、重慶市の南に位置する貴州省の郷土料理を供する店「貴州火鍋」。
貴州火鍋とは「貴州省の鍋料理全般」のことを指し、例えば、米のとぎ汁を甕で発酵させた「白酸(バイスゥァン)」や、トマトを塩水に漬けて乳酸発酵させた「紅酸(ホンスゥァン)」など、そのバリエーションは実に豊か。
「貴州火鍋」でも常時4種の火鍋を提供しているが、今回は「豆豉火鍋」をご紹介。 一般的な中国の豆豉は、麹カビで発酵させた黒大豆の発酵食品でコクのある塩味が特徴だが、貴州の豆豉は大豆をシダ類の枯草菌で発酵させ半乾燥させるため、糸こそ引かないが味も香りも日本の納豆に近い。ちなみに日本の納豆ももとは稲藁に付着している枯草菌が発酵源だ。
実は「貴州火鍋」でも日本の納豆を天日で干したものを豆豉火鍋に使っている。乾燥させて粘り気がなくなった納豆を、糍粑辣椒(ツーバーラージャオ)と呼ばれる、乾燥唐辛子にニンニクやショウガを加えて油で煮た貴州省の唐辛子調味料とともに油で炒めたものが、上の写真でご覧いただいた豆豉火鍋の素になる。それを鶏出汁で割ると鍋のスープが出来上がる。納豆を味の軸にする貴州省ならではの発酵中華だ。
貴州省は、発酵食を伝統的に作り継いできた少数民族が多く暮らす土地。侗族(トン族)、苗族(ミャオ/モン族)、白族(ペー族)などを中心にいくつもの少数民族による発酵の知恵がひしめく。発酵食も多種多様で、野菜は漬物に、唐辛子やニンニクは調味料に、米のとぎ汁やトマトやワラビを発酵させたものは鍋料理の味の要に、という具合。果ては、豚肉・牛肉・鴨肉などの肉類も蒸した米の漬け床でなれずしにして食べる。鯉や鮒などの淡水魚のなれずしも一般的で、その製法は海を渡って日本へと伝わり、日本最古のすしともいわれる琵琶湖の鮒ずしを生んだ。
料理長は中国の一級厨師の資格を持つ江さん。彼女が繰り出す発酵三昧な料理を堪能していると、いよいよ「豆豉火鍋」の時間である。納豆で作った鍋の素とニラを煮立ったスープに投入し、ひと煮立ち。あらかじめ唐辛子や花椒で炒めてある豚バラ肉、えのき茸・キクラゲ・もやしあたりを煮ながら、スープとともに口へと運べば、貴州豆豉の濃厚なうま味が舌を包み、同時に猛烈な辛さが襲ってくる。煮込むにしたがって豆豉のうま味が溶け出すのでスープだけでも十分に美味しく鍋の具を味わえるが、貴州の鍋料理では必ず蘸水(ジャンシュイ)と呼ばれるつけダレも添えられる。
「豆豉火鍋」は2人前程度の量で2,500円(要予約)。予約時に本場貴州の味わいで攻めたい旨を伝えると、今回ご紹介したような仕立てで応じてくれる。
オーナーの林さんによれば、鍋の味わいによって蘸水(ジャンシュイ)を調味するそうで、この日は、水豆豉をベースに煳辣椒(フーラージャオ)と呼ばれる激辛の炒り唐辛子などを和えた蘸水(ジャンシュイ)が鍋の名脇役となった。
豆豉によって鍋のスープが深まり切った頃合いに、締めの白飯を注文。鍋底に沈んでいる唐辛子の辛味と食材のうま味を吸った納豆を白飯に乗せれば、糸も引かず粘りもしないがうま味の詰まった発酵中華な納豆ご飯を味わえる。
貴州火鍋
東京都葛飾区新小岩1-55-1 多田ビル1F
TEL 03-3656-6250
17:00 ~ 23:30
日休
text 小林淳一 photo 鈴木泰介
本記事は雑誌料理王国2019年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2019年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。