フランス料理の古典的なレシピの魅力を再確認する「北島亭」


25周年を迎えた名フレンチ「北島亭」。好奇心と情熱を持ち続ける北島素幸シェフが作る、繊細な「ヴォロヴァン」と豪快な「プーレロティ」には、フランス料理の魅力が詰まっている。

作り続けることで、古典的なレシピの魅力を再確認する
北島素幸◉北島亭

ある店で、『ヴォロヴァンを食べた』と自慢げに話している料理人がいたんです。それを聞いて、確かにもっとこういう古典的な料理を作らなければ、本当のフランス料理は浸透していかないと思いました。正直、大変だし、面倒臭いんだけどね」そう語るのは、およそ四半世紀にわたって多くの人々を魅了してきた「北島亭」のオーナーシェフ北島素幸さん。「ヴォロヴァン」とは、パイ生地の器に具材とソースを詰めて焼いた料理で、最近ではフランスの歴史あるレストランでもなかなかお目にかかれなくなったという。北島さんは、その「ヴォロヴァン」を“原点回帰”を表現する料理として選んだ。
福岡県から上京してきて、1977年にフランスへ渡るまでの間に、六本木の「レジャンス」でパティシエとして修業した経験を持つ。塩の振り方ひとつとっても「豪快」と表現されることが多い北島さんだが、その反面、分量計算や飾り付けが細やかだと言われるのは、パティシエの経験が生きているからだろう。「ヴォロヴァン」は、北島さんのそんな一面が大いに発揮される料理でもある。

クラシックなレシピの
素晴らしさを伝えたい

「フランス料理の本質は、古典レシピに登場する技術の中にこそ存在し、それを極めることに料理人としての意味がある」という信条が、北島さんの料理人としての原点。
「『ヴォロヴァン』のように、歴史に名を残すフランス料理はやはりすばらしいもの。単に古典に帰るべきだと言っているのではありません。そういったすばらしい料理を知らずに、フランス料理に取り組もうとするのはおかしいということ。これはフランス料理に限ったことではなく、イタリアンでも、中華でも、どんなジャンルでも同じことが言えます。新しいことにももちろん興味はありますが、私自身はまだまだ歴史に名を残すクラシックなフランス料理に挑戦したいという気持ちの方が強いですね。そして、嬉しいことにスーシェフの大石もクラシックなものをやりたがるんですよ」古典料理として、とくに調理が大変で難しい「ヴォロヴァン」に取り組むことこそ、北島さんにとって原点に回帰するということなのだろう。

ヴォロ ヴァン ~築地からの贈り物~
何層にもなった軽やかなパイ生地と旨味が詰まった濃厚なソースが絶妙。ソース シュプレームをまとったアカザエビ、ホタテ貝、ムール貝、アサリが、パート フィユテの中央に鎮座するようにたっぷり盛り付けられている。

道具に頼らず
自分の腕を信じる

「原点回帰」というテーマで選んだもうひとつの料理は、「プーレロティ」。「肉は、かたまりだからこその美味しさがあります」という北島さんの言葉を象徴するメニューといえる。右足→右胸→左足→左胸→首元→背中の順で転がし、徐々に角度を変えながら火を入れていく。全体に焼き色をまとったら、サラマンドルに投入し、足と胸をじっくりと焼く。このあとも、温めながら味を入れていく工程が続き、料理が完成するまでオーブンは一切登場しない。
数年前、「北島亭」では、厨房のオーブンを取り払った。肉を焼くために使用するのは、大小多彩なフライパンとサラマンドルのみ。北島さんが、初めてチキンをフライパンで焼いたのは20年以上前のパリでの修業時代に遡る。「妻のために、おいしいチキン料理を作りたいと思ったのですが、オーブンがない。さて、どうしようと悩んでいたら、テレビでパリの三つ星レストラン『アルページュ』のオーナーシェフ、アラン・パッサールさんが、ル・クルーゼの鍋でローストチキンを作っていたのを見たんです。それならフライパンでもできるだろう、と思ったのが最初でした」

プーレロティ ~伊達鶏の丸ごと1羽ロースト~
福島県産の伊達鶏を豪快に焼き上げ、食べやすく切り分けてから皿に盛り付けている。表面はパリッと香ばしく、しっかりと適度な塩気が入った身の部分は、しっとりとした食感。シンプルゆえに、鶏の旨味が堪能できる。

「古典レシピに登場する技術の中にこそ
フランス料理の本質が存在する」

コンベクションオーブン全盛の現在だが、「道具に頼らない工夫も大事」という北島さんは、あえてオーブンを手放した。サラマンドルに入った肉は、状態が手に取るようにわかり、自身の感覚で焼き加減を調整できる。道具を使わないからこそ見えること、そしてできる料理がある。「道具に頼らないことで、肉や魚といった素材に真っ直ぐに向き合うことができる。そんな時に食べ手の琴線に触れるような料理ができ上がるのだと思う」
北島さんの原点は古いフランスの厨房にある。それはつまりフランス料理の原点にあるともいえるかもしれない。フランスの古典料理に回帰するために、料理を研究し、手段を模索し、あえて道具を捨てた結果たどり着いたのは、肉は「焼く」のではなく、「温める」のだということ。肉を休ませながらゆっくりと温めていく。そんな理論と手間によってでき上がるのが、長く愛される「北島亭」の料理なのだ。還暦を迎えた現在も、毎朝築地に仕入れに出かけ、素材一つひとつを長年培った目利きで選ぶ。
「食材も本場フランスのものを」という考え方もあるが、高くて鮮度が落ちたフランス産より、新鮮でおいしい日本の魚があれば、それを使えばいいというのが北島さんの持論。食材、調理法など、北島さんが料理において何かを選択する時、それはすべて「食べる人がおいしく幸せに食事をできること」につながっているという。最後に語ってくれた「料理人にとって大切なことは、優しさと愛情」という言葉もまた、北島さんの原点といえる。しかし、これは料理人としてではなく、北島素幸というひとりの人間の原点を表しているように、屈託のない笑顔からは感じられる。

text 外川ゆい photo 馬場敬子、海老原俊之

本記事は雑誌料理王国2016年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2016年10月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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