北欧と和のテイストを融合したフレンチ蒸し鍋+αの調理で香りをマックスに 25年2月号


ユニークでインパクト大 4時間蒸し焼きした根セロリと藁

高い天井、広い厨房をコの字に囲むダイナミックなカウンター、ゆったり配置された肘付きローチェアが心地よい「ラルジャン」。2020年に銀座にオープンし、23年、虎ノ門に移転・リニューアルした。

鍋使いのアイデアについて加藤順一さんに尋ねると「ココット鍋と藁を使った無水調理。丸ごと火入れした野菜の力強い味と藁の香りの良さに驚くはず」と返ってきた。スペシャリテの「根セロリの藁焼き」だ。

北海道産根セロリの藁焼き
2年前から旬の冬場に提供。根セロリが定番で、時には根セルフィーユやキクイモで作ることもある。藁の香りをまとわせ、円柱に抜いてアイスキャンディー状に仕立てたら、持ち手の枝にアルミホイルを巻いてオーブンで温める。北欧の森をイメージして、ジュニパーベリーの枝の上に盛りつけている。

調理を拝見する。根セロリは北海道産でソフトボール大。皮をむき、藁を敷いた鍋に入れて上からも藁をかぶせ、蓋をして200℃のオーブンへ。4時間かかるという。が、ちょうど焼き上がったものと、前日に焼いてこれから1人分に切り分けるものも揃っていた。撮影がスムーズ、ありがたい。

「いえ、営業時も同様に時間差でスタンバイしているのですよ。焼きたては見た目のインパクトと、湯気がたち上って食欲をそそるのでプレゼンテーションに適しています。が、切り出してしまうと別のお客様へのプレゼンに使えなくなるので、丸のままキープしておきます。味の点では、一旦やすませたほうが余熱効果でよりおいしくなるのです」

写真は焼き上がり。この後、鍋から皿に移して客席へプレゼンテーション。
同時に、熱源のある奥の厨房では前日に焼いておいた根セロリを切り出し、藁を燃やした炭床にかざして香りをまとわせる。

アルミホイルで包み、冷蔵庫で一晩置いた根セロリを厚切りにして串を刺し、藁をくべた炭床にかざす。焼くのが目的ではなく、藁の香りをまとわせるためという。円柱に抜き、ブドウ(シャルドネ)の木の枝を刺してから温めて提供する。「極限まで柔らかく火を通した根セロリは、冷たい状態で刺さないと崩れてしまう」のだそうで、これもまた前日の仕込みが可能にした技だ。

大きなボール状の根セロリが今度はアイスキャンディーのような姿で登場、食べ手は意表を突かれること必至だ。別皿にはサワークリーム、とろみがついたマグロ節のだし、ローズマリーオイル。これにディップして食べるのも楽しい。

マグロ節でとっただしは葛粉でとろみをつける。ローズマリーオイルはローズマリーとその倍量のひまわり油と共にミキサーにかけて布漉ししたもの。サワークリームを入れた器にだしを注ぎ、オイルを垂らす。
ディップの材料。

パリで1年、コペンハーゲンで2年経験を積んだ加藤さんが現地で感じたのは「フランス料理のセオリーに縛られることなく、もっと自由に表現していい」ということ。ただしそれはオールマイティといった意味ではなく、自分のバックボーンからの創出を大切にし、ストーリーを伝えられる料理。それが北欧と日本のテイストを融合させた、加藤さん流のフレンチだ。
「この料理の原点はコペンハーゲンでのホームステイ先の料理。特大のココット鍋にいろいろな野菜や豚肉を入れて隙間に麦藁を詰め、暖炉に長時間かけておき、夕食で食べた思い出があります。そこから発想して僕は一つの野菜にしぼり、鍋の中で蒸された藁の香りと、暖炉をイメージした藁焼きの香りを重ねました。日本にも藁焼きの食文化があるので、それと同じ稲藁を使っています」

サワークリームは、北欧では小バケツに入ったものを食卓に置きあらゆる料理に添えていたことから。一方、おでんのダイコンの感覚でつゆが欲しいが、カツオ節だと香りの主張が強いので、マグロ節のだしに着地した。

ブレゼの煮汁のダブル使いで香りと旨みの濃淡

「ブレゼ」は蒸す・煮るのいいとこ取りで、一つの鍋でソースまでできる調理法。加藤さんは牛肉のブレゼを作っている。
「A5の黒毛和牛のような霜降りは求めていません。ある程度のボリュームをつけてももたれない交雑種・十勝ハーブ牛のシャトーブリアンを使い、その分ソースは濃厚にしてメリハリをつけます」

少ない液体で蒸し煮にするのがブレゼ。密閉性や保温性にすぐれる鋳物ホーロー鍋が向いている。肉は先に表面を焼くこと(リソレ)で膜を作り、茹で肉状態になるのを防ぐ。

最初にココット鍋で肉の表面に焼き色をつけて取り出す。次に香味野菜を炒め、ハチミツを入れてカラメリゼし、ビネガーを加えて煮詰める(ガストリック)。ハチミツはしっかり加熱して適度な苦味を引き出すのがポイントで、足りないと甘味だけ残ってキレが悪くなる。ビネガーは北欧テイストのアップルを使用。フォン・ド・ヴォライユとジュ・ド・トリュフを加え、あくを取り、肉を戻し蓋をして弱火で20分ほど蒸し煮にする。肉の旨みを流出させ過ぎないことと、肉を取り出した後、すぐに煮汁を詰めてソースに仕上げるため、液体は必要最小限。肉の高さ2cm程度が浸かる量だ。

常温にもどして塩、コショウをした肉をリソレする際は焦げやすいバターではなく油を引く。
野菜(タマネギ、ニンジン、セロリ、ニンニク)を炒める際にバターを投入。ハチミツをよくカラメリゼしてアップルビネガーを加え、ガストリックにする。

詰めて漉した煮汁には白トリュフオイルと燻香をつけたモワル(牛の骨髄)を加えて香り高いソースに。また、煮汁の一部は別鍋でねっとりするまで煮詰めて旨みを凝縮させ、肉に塗ってトリュフのすりおろしをたっぷりかける。つけ合わせはトリュフの香りをつけたキクイモのピュレのみの潔さ。見た目はシンプルな皿ながら、密かな煮汁のダブル使いによって、香りと旨みの濃淡が口の中で混じり合い、時折スモーキーなモワルも加わって、どんどんと食べ進んでしまうのである。

下処理したモワルにスモークガンで煙をかけては冷やす作業を5回繰り返し、香りをしっかりつける。
詰めた煮汁は黒の食用色素でトリュフ色にして肉に塗る。乾燥防止とツヤ出しの古典的なグラッセの応用。
温めてトリュフのすりおろしをかけ、プレゼンテーションする。
十勝ハーブ牛のブレゼ  スモークモワルソース
フィレの中心部できめが細かく希少な部位のシャトーブリアンを厚切りで。付け合わせはキクイモのピュレ(蒸して牛乳で煮て、トリュフと共にミキサーにかける)とあしらいのオキサリスのみで、しっとりジューシーな肉とスモーキーなモワル入りソース、トリュフの芳醇な香りを堪能できる一皿。

加藤順一(かとう じゅんいち)
1982年、静岡県生まれ。「タテル・ヨシノ」「オテル・ド・ヨシノ」を経て2009年渡欧。パリ「アストランス」、コペンハーゲン「AOC」「マーシャル」で経験を積む。15年より「スブリム」のシェフを務め、20年「ラルジャン」開業時にシェフに就く。23年、銀座から虎ノ門に移転。

ラルジャン
東京都千代田区霞が関3-2-6
東京倶楽部ビルディング 2F
霞ダイニング
TEL 03-6268-8427
12:00〜12:30 LO
18:00〜19:30 LO
木休

text: Yumiko Watanabe, photo: Haruko Amagata

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