ジビエの嫌いな人にも「旨い!」と言わせる
熟練シェフの巧みなスパイス使い
「ジビエが苦手な人にもおいしく食べてほしい」と和知シェフが作ってくれた料理は、メンチカツにカレーとバターライスを添えたもの。「どこがフランス料理?どこがジビエ?と思われるかもしれませんね」と言いながらも、余裕の笑み。食べれば、それは間違いなくジビエ料理であり、フランス料理として構成されているのがわかってもらえる、と知っているからだ。
メンチカツの原形は、ミンチ肉のパテで腎臓などの内臓を包んだ「ロニョナード」だ。シェフはこのフランス料理をアレンジして、焼き目を付けてキューブ状に切った鹿肉とフォワグラを、鹿肉のミンチで包み、衣を付けて揚げた。結果、メンチと呼ぶにはあまりにも贅沢な皿に仕上がった。ナイフを入れるとフォワグラと一緒に鹿肉がごろり。カリカリした衣とトロトロのフォアグラ、そして鹿肉のモッチリした食感が口の中で混ざり合い、調和する。添えられているのも単なるカレーソースではない。煮込んだ野菜スープをカレーやその他のスパイスで味付けし、血の多い鳩の内臓でコクを出した。ジビエ独特の血のソースである。
ジビエの味は変えずに香りに変化を付けるテクニック
「マルディグラ」の人気の理由に、形にとらわれないシェフの調理法と、食材に対する並々ならぬ思いが挙げられる。「山の恵みを分けていただく」ジビエの本意を考えて輸入品はやめた。期間も区切って国内の食材を使おうと決めたのだ。調理するのは蝦夷鹿のほか、北海道や新潟の鴨、岡山の猪。気候によって変動はあるが、鴨を出す期間は毎年11月から12月中旬まで。猪は1月下旬から3月、蝦夷鹿については12月の2週間に限られる。
ジビエに秘められたパワーは、私たちの想像以上。
もっと自由な発想で大胆に表現していきたいと思う。
調理面で特筆すべきは、スパイスや調味料使いの上手さ。蝦夷鹿にはクミンやカレースパイス、鴨にはパプリカやハチミツ、猪にはハッカクやシナモン、コーヒー豆などを使う。「スパイスはジビエの味を変えるからと敬遠するシェフが多い。正直、私にも迷った時期がありました。けれども思い切って使ってみて、スパイスは、味を変えずに香りに変化をつける味方だと気づいたんです」
強い香りのスパイスであっても、野生の食材なら、その力に負けることはない。むしろスパイスがジビエの味わいを飛躍的にすばらしくする。これは、シェフが実際に鹿狩りに同行して達した境地。迷いが吹っ切れた瞬間だった。自然への畏敬、命と向き合う潔さと緊張感。それを忘れないシェフの厨房からは、これからも独創的なジビエ料理が生み出されていくことだろう。
text 上村久留美 photo 星野泰孝
本記事は雑誌料理王国第235号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第235号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。