去る7月13日、イタリアワインを中心に扱うインポーター、ヴィナイオータの太田さんが主催し、造り手のレナート・デ・バルトリ氏をシチリアから迎えて、マルサーラを飲んで食べる会が開かれた。
マルサーラはポルトガルのポートワインやマデラ酒、スペインのシェリー酒とともに「世界4大酒精強化ワイン」とされ、ティラミスの風味づけなどにも使われる。マルサーラワインはいつどのように誕生したのか。そしてその深い魅力を楽しむにはーー。岡谷シェフは、マルサーラが食中にも楽しめるワインであることを知ってほしい、とマルサーラを使って腕を振るった。
「マルサーラの最大の魅力は、他のワインにはないコク」と岡谷シェフ。この夜は、そのテイストに負けないような、コクのある料理を心掛けた。「マルサーラの香りを生かして調理するには、アルコールを飛ばさず煮詰め過ぎないこと。でも料理にコクを出すためには煮詰めることも必要。煮詰めた場合は、最後の行程でまた少しマルサーラを加えました」
そして、この日の主役は、岡谷シェフとソムリエの粟田さんが絶賛する「ヴェッキオ・サンペーリ」。マルサーラの原形ともいわれるワインだ。
そもそもマルサーラワインの起源は、18世紀末の大航海時代、英国の貿易商ウッドハウスが、シチリア西端の港町マルサーラで出会った白ワイン。その旨さに感激し、船便による長期輸送に耐えられるようにと、そのワインにブランデーなどを添加し、オーク樽で熟成して作られ始めたという。マルサーラのワインは、英国で「ブランデーなどのアルコールを添加すること」を義務付けられ、「マルサーラ」となった。そして、もとのワインの質に関係なく、酒精強化さえすれば「マルサーラ」を名乗れることになり、質の悪いマルサーラも出回るようになったと言う。
「本物のマルサーラが消えてしまう」と危機感を抱いたのが、デ・バルトリの先代であり、レナートさんの父の故マルコさん。マルコさんは本来マルサーラに伝わる伝統的手法で、地ワインを生産し始めた。こうして生まれたのが、ヴェッキオ・サンペーリだ。それは250年近く前同様に酒精強化せず、ソレラ方式(生産年の違うワインを混ぜ合わせて熟成させるシステム)で長期酸化熟成させた極辛口のワインだ。
酒精強化されていないため「マルサーラ」を名乗ることはできないが、昔飲まれていた本来の「マルサーラ」を名乗るにふさわしいワインだ、とレナートさんは言う。現在、この元祖マルサーラともいえるワインを製造するのはデ・バルトリのみである。「トレンテナーレ」は、1980年にマルコさんが、当時10年もののヴェッキオ・サンペーリをボトリングし、その後30年間寝かせていたもの。2010年にすべて開栓し、澱を取り除いた後、再びボトルに戻してリコルクし、999本の貴重な「トレンテナーレ」を誕生させた。そしてその3カ月後、マルコさんは他界。これが最後の仕事となった。
また、「マルサーラ・スーペリオーレ・リゼルヴァ1680」は、まさにマルサーラの歴史の詰まった記念碑的作品。1830年以前に製造されたワインを買い取り、20年以上の歳月をかけて復活させたのだ。水分がほとんど飛んで、蜜状だったマルサーラにワインを加えて伸ばし、1年寝かす。そしてまた少し加えては1年寝かす……。その再生には気の遠くなるような時間が費やされた。
長い年月をかけて酸化熟成させるヴェッキオ・サンペーリ。その味わいと香りは、複雑な要素が溶け合い個性的。不思議と料理を邪魔せず、岡谷さんの皿と相性が良い。
「僕らがこうしたワインに惹かれるのは、造り手の魂を感じるからだと思う」と、ヴィナイオータの太田さん。生産効率の悪い、昔ながらの方法にあえて挑戦したマルコ・デ・バルトリさんの情熱に、人は心動かされる。その魂は今、息子のレナートさんにしっかり受け継がれている。
瀬戸由美子=取材、文星野泰孝=撮影
text by Yumiko Seto photos by Yasutaka Hoshino
本記事は雑誌料理王国第230号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第230号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。