「新橋は激戦区だから難しいのでは」
「三笠バル」をオープンする前、シェフを任された仲田輝男さんは同業者の多くからそう忠告された。しかし、「それだけにやりがいがある」と考えることもできる。友人たちの言葉は、フレンチとイタリアン両方に精通するシェフのやる気に火をつけた。
激戦区だからこそ、コンセプトを明確に打ち出す必要がある。そこで仲田さんは、「自分たちが食べたいと思うものをできるだけ安く提供しよう」と考えた。思い浮かんだのが、ハチノスと呼ばれる牛の第胃袋を煮込んでトマトソース仕立てにしたイタリア料理の「トリッパ」。これをいっそ食べ放題にしてはどうだろう。「イタリアンホルモンの店」との触れ込みなら、新橋のサラリーマンにもアピールできる。仕込みには手間と時間を要するが、それは覚悟の上だった。
「幸い、『儲けより、お客さまの喜ぶ顔を優先させてほしい』という考えのオーナーだったので、店のコンセプトはすぐに決まりました」
オーナーの本業は、中古家電の買い取りとそれらの輸出販売。一代で築いた会社は年商90億円にまで成長し、その生きざまがテレビ放映されると、高視聴率をマークしたという。
「三笠バル」はそのオーナーが手がける記念すべき第1号店だったのだ。
「トリッパは500円で食べ放題。もうひとつの看板としては、マグナムボトルのワインを杯100円で出すことに決めました」
ワインとトリッパだけの注文なら、1000円以内で、ほどよく酔って腹も満たされる。すると周囲の反応は、「新橋は厳しいぞ」という忠告から、「大丈夫か」という心配に変わった。
心配をよそに「100円ワインとイタリアンホルモンの店」は大成功。最初の1カ月はわずかに赤字だったものの、2カ月目からは黒字に転じ、クリスマス、忘年会シーズンには予約の取れない店になった。最初は、「安さ」に釣られてくる客であっても、「トリッパ」の味に魅せられ、さらに「自家製の生パンチェッタ」や「イワシのベッカフィーコ」、「鯛のアクアパッツア」など、豊富なメニューとその旨さに驚く。トラットリアやオステリアとしても使えることで、リピーターが増えていったのだ。
また、店内の手書きのメニューから、野菜や肉など、シェフの素材へのこだわりも見て取れる。野菜については、土作りから徹底して有機栽培にこだわる土浦の久松農園と契約。豚肉は国産の無菌豚、牛肉は赤身が味わい深い尾崎牛を使用している。
開店当初は男性ばかりだった店内に、最近では女性の姿が目立つようになった。100円ワインを楽しむサラリーマンの横では、華やかな女子会が開かれて――。激戦区新橋ならではの成功のカタチがここにある。
大鍋に盛られた「トリッパ」は、2杯目からセルフサービス。ストーブの上に置かれているので、つねに熱々が食べられる。100円ワインの評判も上々だ。
材料(4~5人分)
ハチノス(牛の第2胃袋)…500g/カルダモン、ホワイトペッパー…各1g/セロリの葉…10g/セロリ…1本/ニンニク…1片/タマネギ…1 個/ニンジン…1/2 本/トマト缶…300g/白ワイン…100㏄
作り方
三笠バル
東京都港区新橋2-20-15 新橋駅前ビル1号館2F
03-6274-6922
● 17:00~23:00
● 日、祝休
● 55席
http://mikasa-bar.com
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国第222号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第222号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。