2017年1月にガストロノミー「ティルプス」のシェフに就任し、賞も受賞するなどレストランシェフとして活躍した田村浩二さん。その田村さんが「ティルプス」を離れたのは2018年7月のこと。以来店舗を持たず働いているが、仕事と時間の過ごし方は以前より増して充実しているという。その強みは田村さんの商品開発力にあった。
2017年1月に白金台「ティルプス」のシェフに就任し、「世界のベストレストラン50 Discoveryseriesアジア部門」選出、「ゴ・エ・ミヨジャポン2018期待の若手シェフ賞」受賞など目覚ましい活躍で注目を集めた田村浩二さん。その田村さんが「ティルプス」のシェフを退任したのは昨年7月のこと。以来店舗を持たず、商品開発を中心に個人で活動を展開している。現在の拠点は日本橋蛎殻町にあるキッチンで、5人のスタッフとともに現在の主力商品「Mr.CHEESECAKE」の生産などを行っている。
「ティルプス」時代から商品開発に長け、スペシャルブレンド・アロマティー「L’Aromatisane.(アロマティザン)」の開発・販売を行っていた田村さん。さらにアイスクリーム「FRAGLACE(フレグラス)」の生産・販売会社「dotscience株式会社」を立ち上げるなど、レストランでのシェフの仕事の傍ら多方面で活動してきた。そして転機となったのが2018年春、「Mr.CHEESECAKE」の発売だ。趣味で作っていたチーズケーキをインスタグラムで公開したことをきっかけに、お客さまの要望を受けて販売。人気ブロガーに紹介されたことからインスタグラムのフォロワーが増え、こちらでもメッセージのやり取りで販売を始めた。この頃にツイッターも始め、人気ユーザーのツイートで爆発的に売れたり、自らのツイートでフォロワーが一気に増えるなどして順調に売り上げを伸ばしていった。
「Mr.CHEESECAKE」の販売数はどんどん増え、現在はショッピングアプリ「BASE」を使って発売。毎週月曜日の朝に1週間分の注文を受け付けるが、早くて5分、遅くとも1時間で売り切れるほどの人気で、月曜日に加え日曜日も注文を受け付けるようになった。2月には京都伊勢丹に期間限定で出品し、連日30分で売り切れ。買い手はほぼすべて、ツイッターのフォロワーだという。
この「Mr.CHEESECAKE」の成功で、独立の意思を固めた田村さん。コツコツと続けてきたSNSのフォロワーに支えられ、チーズケーキの販売はもちろん、新たな仕事の相談も受けている。今年1月30日に発売した初のレシピ本『フレンチシェフが作る「人生最高!」の肉じゃが』(主婦の友社)も、編集者からツイッターで依頼を受けたのがきっかけ。3月8日には早くも第3刷を発売するほどの好調な売れ行きを見せていて、4月24日には2冊目のレシピ本『Mr.CHEESECAKE田村浩二人生最高のチーズケーキ』(ワニブックス)が発売された。
調理師専門学校を卒業してからずっとレストランで働き続けてきた田村さん。その仕事を辞め、店舗を持たずに働くには大きな不安があった。「これほどまで働き方を完全に変えている料理人はほかにいませんでしたから、目標や参考にできる人もいなくて不安でした。かといって、自分で店を持ってやっていくというビジョンがまったく見えなかったんです。レストランに来てくださる限られたお客さまだけではなく、もっと多くの人にシンプルな自分の味を届けたい。店を持たずに働くことができれば、店に縛られずに自分の時間を持ち、さらに仕事の幅を広げることもできる。そう考えて、思い切って今の形にしたんです」
商品開発を得意とする田村さんだが、数字の管理ができることも仕事の依頼が増えている要因のひとつではないか、と言う。かつて働いていた「ラス」では、1日に120名ものお客さまが来店するなか、グラム単位で材料の仕入れを管理し、大量の仕込みのスケジュールも細かく組んでいた。その経験と「Mr.CHEESECAKE」の販売の経験から、商品開発の相談があった際には利益の目安など具体的な数字を交えて話を進めるという。
また、レシピ開発を行う際には、どんな人がどんな場所でどのように作るかを考えてレシピを考案。
「『アタラシイヒモノ』という商品では、干物の職人による従来の工程に少し変更・追加点を加えるだけで、フランス料理として楽しめる干物のレシピを考案しました。自分が面倒だと思う工程は組み込まないようにしています。無理なく作り続けられるレシピで、利益も出なければ意味がないですからね」
10年前と違って、自分の同世代にはレストランへ足を運ぼうという人が少なく、その一方でレストランはどんどん増えていくなかで、これからの年をどう働くか悩んだという田村さん。その結果、自身はレストランから離れ、個人でできること、SNSを使ってやれることに可能性を見出そうとしている。そこに新規レストランやシェアキッチンのアドバイザー、料理本の出版など多方面から仕事の話が持ち込まれ、今まさに動き出そうとしているものも少なくないそうだ。「これからの世代の人たちに、私のような働き方もあるんだということを知ってほしいですね。人手不足と言われる飲食業界ですが、将来の働き方の選択肢が広がれば、志してくれる人も増えるのではないでしょうか」
本記事は雑誌料理王国第298号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第298号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。
河﨑志乃=取材、文 林 輝彦=撮影