「まかないでのトレーニングは、成長への絶好のチャンス」
多くのシェフがこう語る。「ナベノ-イズム」総料理長の渡辺雄一郎さんは、それに「師への敬愛をカタチにできるもの」と付け加えた。フランス料理界の今は亡きふたりの「巨匠」に仕えた渡辺さんならではの発言だ。
「巨匠」のひとりはポール・ボキューズ氏。その名を冠した料理コンクールは世界的な舞台への登竜門。才能豊かなシェフが各国からエントリーして凌ぎを削っている。もうひとりはジョエル・ロブション氏。世界中で星付きレストランを展開し、「世紀のシェフ」と讃えられた存在だ。 ボキューズ氏のまかないは、トマトのサラダ、野菜スープ、カマンベールチーズにパンとほぼ決まっていた。一方、ロブション氏には、その都度ブームがあり、肉料理が中心のこともあれば、健康重視からホタテのポワレとアンディーブのサラダ、あるいはザクロジュースだけということもあった。共通していたのは、どんなに忙しい時でも、渡辺さんは手を止めて、師匠のまかない作りに専念したこと。「旅の疲れを癒してさしあげたい」と、塩分調整などへの配慮も忘れなかった。世界的シェフの圧倒的存在感。重圧と緊張に押しつぶされそうになることもあったが、「日頃の尊敬を形で表わすチャンスだ」と踏ん張った。
もちろん、トレーニングとしてのまかない作りにも励んだ。
「フランス料理以外の料理にも挑戦しました」。特に中華料理が得意で、「手羽先のピリ辛煮込み」は、先輩が絶賛。「旨い。お前は中国料理のほうが向いている」とまで言われた。マイナスに解釈すれば「フランス料理には向いていない」となるが、代初めの渡辺さんは、「褒め言葉と素直に受け取りました(笑)」。以降、中華は自慢のまかないに。同じ店で働いていた「ラフィナージュ」の高良康之さんは、いまだに「ナベの作った回鍋肉が忘れられない」と言う。
とはいえ、手間やコストをかけ過ぎたり、おいしくできなかったり、渡辺さんにも失敗経験はある。職場の先輩をお客さまにたとえるなら、料理に精通した手ごわいグルメ「。まかない担当のプレッシャーは半端ではないから、時には失敗もします」。しかし、それが努力の結果であれば、必ず救いの手を差し伸べてくれる。「そんな場はほかにはないですよね。恐れず、真心と謙虚さを忘れずに挑戦を続けてほしいと思います」
巨匠たちのまかない番を見事にやり切り、押しも押されぬトップシェフとなった渡辺さんのアドバイスには重みと愛、そしてユーモアがある。
現在、まかない担当者は4人。作りたいレシピをノートにまとめ、料理長の岡部浩児さんのチェックを受ける。承認されれば4人で手分けをして準備。まかないに使う食材は、店の残り物や余り物が基本だが、このほかに1人1食170円の予算が認められている。まかないは日に2回食べるので、1人分は340円。12人のスタッフで、4080円までなら仕入れられるが、あくまでも目安。「おいしさをめざすのは当たり前で、食材の使い方、塩のふり方、盛り付けや食べ手への配慮まで、厳しくチェックします」と渡辺さん。また、スタッフから「ビストロ料理や伝統的なパイ料理などを学びたい」などとリクエストがあれば、渡辺さんが自らデモンストレーションをしながら、まかないを作ることもある。
Yuichiro Watanabe
1967年、千葉県生まれ。1989年より、「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」勤務。 91年に渡仏し、星付きレストランで修業を積む。帰国後、「タイユバン・ロブション カフェフランセ」のシェフ、シャトーレストラン「ジョエル・ロブション」 のエグゼグティブ・シェフを務め、2016年に独立。『ミシュランガイド東京2019』で二ツ星獲得。『ゴ・エ・ミヨ 2019』で17点4トックの評価を得た。
上村久留美=取材、文 富貴塚悠太=撮影
本記事は雑誌料理王国第297号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第297号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。