食の未来が見えるウェブマガジン

シェフが選ぶシェフ#1Nabeno-Ism 渡辺雄一郎さん


世界最多の「星」を維持し、「世紀のシェフ」と称えられるジョエル・ロブション氏に21年間仕え、総料理長まで務めた渡辺雄一郎さん。ロブション氏が全幅の信頼を置いた数少ないシェフでありながら、47歳でそのグループを〝卒業〞し、独立した。その開店からわずか4カ月でミシュラン一つ星を獲得。
まさにベストシェフ第1位にふさわしい経歴の渡辺さんだが、シェフたちを惹きつける理由はどこにあるのか。新店「ナベノ-イズム」を解体する。

ベストシェフ部門 第1位
渡辺雄一郎さん ナベノ-イズム

渡辺さんは、おそらく生涯、ジョエル・ロブション氏の中で輝き続けるシェフだ、と誰もが思っていただろう。世界をまたにかけるロブション氏は料理に対する緻密さ、厳格さでも定評があり、常に完璧を求める。その高い要求に20年以上応え続けることは容易ではない。それをやってのけてきた。したがって、その渡辺さんがロブション氏の傘下を出ることは、料理界のセンセーショナルなニュースとなった。

「もちろん、ずっと留まる選択もありました。ロブションさんは、僕が学生時代からずっと尊敬し続けてきた人ですし、彼のもとで働くことは、非常に刺激的で学ぶことも多かった。しかし、いずれは『ビックネーム』を取り去った場所でチャレンジしてみたい、と思っていたんです」挑戦するには体力と精神力、パッションが必要。その意味で50歳までわずかとなった47歳を、渡辺さんはデットラインと定めたのだった。

これまでのイメージを打ち破り
江戸の食文化発祥の地へ

2016年7月、満を持して、台東区の駒形に新店をオープンさせた。スカイツリーを望む隅田川沿いに建つ4階建て。近くには江戸時代から続く「駒形どぜう」などの老舗が、暖簾と下町の風情を守る。恵比寿のモダンな〝シャトー〞で腕を振るっていた渡辺さんが、この地をリスタート地に選んだ理由を、どうしても聞きたくなる。「調べてみたところ、この辺りは江戸食文化の発祥地。そこにフラ ンス料理を学んだ日本人が飛び込んでチャレンジするという〝戦略〞です」
フランス料理が基本。しかし、自分は日本人だ。日本とフランスの融合をテーマとするにふさわしい場所は?渡辺さんは、周辺の老舗の和紙や器、食材なども自分の世界に取り込んで、「新生」を打ち出したのだ。「下町に出店してイメージをガラリと変えることも必要だと思いました。これも戦略と言えるでしょうか」独立早々注目を浴び、さまざまな賞まで獲得。快進撃を続ける渡辺さんの口から出た〝戦略〞については、もう少し具体的に聞いてみたい。

江戸伝統野菜とフランス伝統食材の融合、千住葱とフランスぺリゴール産の黒トリュフ、
活帆立貝のコンフィ、広島県かなわ水産牡蠣のパテ

葱、黒トリュフ、帆立、豚ゼラチン質、牡蠣のすべてがリンクし、絡み合うように計算されたひと皿。40℃の太白オイルの中で加熱した帆立は、生のようでありながら、生とは格段に違う歯切れの良さが特長。創業約400年の「やげん堀」に特注したスパイス(山椒:陳皮:けしの実=3:1:1)も、これらの食材と見事に調和している。

204人のシェフが選んだワケ!
嘉藤貴士さん「ルモンドグルマン」(東京・自由が丘)
日本、浅草、駒形の地域とフランス料理の融合。

「店のイメージカラーを決めることも戦略です」。『ナベノ‐イズム』のイメージカラーは、オレンジ、白、黒の3色。オレンジは料理の原点となる炎と太陽の色。白は「どんな色にも染まる」という渡辺さんの料理スタンス、逆に黒は「何物にも染まらない」という初志貫徹の象徴だ。「ナベノ‐イズム」といえば、この3色をイメージしてもらえるようにと、インテリアや食器はもちろん、厨房内の消耗品や自分の靴まで、この3色で統一している。

204人のシェフが選んだワケ!
依田英敏さん 「ルセット」(兵庫・神戸市)
三つ星「ジョエル・ロブション」から独立され心・技・体・人格、すべてにおいて充実されている。

調理器具、食材、分量などすべてに完璧をめざす

「『ナベノ‐イズム』の料理ももちろんロブションとは違うアプローチを」としながらも、そのこだわりぶりは師匠にひけをとらない。たとえば前菜のそばがきには、両国にある蕎麦の名店「ほそ川」の蕎麦粉を使用。毎朝渡辺さん自ら「ほそ川」に取りに行き、ランチとディナーに使う分を1日2回、加熱しながら練っている。蕎麦粉は揮発性が高く、加熱すると香りが飛びやすい。香りを活かしつつなめらかに仕上げるため、熱伝導の良い厚手の銅鍋を使っているが、その重さで腱鞘炎になりかかっている、と笑う。
「そばがきといっても〝和〞ではなく、フランス料理に仕上げます。バターで乳化させるのですが、バターを入れるタイミングが重要」以前はベシャメルソースを作る要領で初めにバターを入れて炒めていたのだが、「エミュルッションソースの方法で、最後にバターを入れたほうがよりなめらかになると気付いた」ので、今ではそうしている。

〝両国江戸蕎麦ほそ川"の蕎麦粉をソースエミュリュッショネの技法で炊き上げたそばがき、 奥井海生堂蔵囲い 2 年物昆布のジュレと アキテーヌキャビア、ウォッカクリーム、 おろしたてワサビのコンビネゾン
昆布のジュレの下には、朝挽きの蕎麦粉を使ったなめらかなそばがきが。スプーンの上のサワークリームと口の中で混ぜ合わせながらいただく。大の蕎麦好きで、10年前に「江戸ソバリエ」の資格を取った(左下)渡辺さんならではの前菜。左上は、なめらかなそばがきを作るために不可欠な調理器具。

204人のシェフが選んだワケ!
川本紀男さん 「プレミナンス」(石川・金沢市)
味が素晴らしい。ソースなら日本で一番。

食材に江戸の伝統野菜を使ったり、山椒やけしの実などの「和」のフレーバーを用いたりしているものの、フランス料理の基本にのっとり、新メニュー誕生後も、常に改良する。また、皿にのせる分量は、ゲストがフォークや箸を口に運ぶ回数を想定して決めている。「〝戦略〞という言葉は、僕にふさわしくない言葉かもしれません。毎日、お客様に喜んでもらえる料理が作れたら、それだけで幸せなんですから」。
現在、キッチンとサービスで11名いるスタッフにも、「自分の大切な人のために料理を作って、サービスをするつもりで仕事に臨みなさい」と指導する。渡辺さん自身、専門学校時代に抱いた「学んだ技術を活かして家族や友人においしいものを食べさせたい」という気持ちを今でも持ち続けている。

料理に対して満足という言葉はない。最良の料理法をめざし、〝伸びしろ〟はないか、常に考え続けている。

もちろん独立した以上は経営面にも気を配らなければならない。「うちの店は100パーセント僕が出資しているのではなく、土地を提供してくれている出資者がいて、土地以外にかかった開店資金を僕が返済していくというかたちをとっています。これからは、良きビジネスパートナーと共に店を開くのもひとつの選択肢だと思います」。返済については3年がメド。「お蔭さまで現在まで計画通りに進んでいます」。
駒形を選んだ理由にはもうひとつあって、「僕を育ててくれた専門学校の創始者・辻静雄先生のお墓が近くの東本願寺にあるからなんです」。ゲストはもちろん、恩師への感謝も忘れない。渡辺さんはその円満な人柄でもトップにふさわしい。

上村久留美=取材、文 富貴塚悠太=撮影

本記事は雑誌料理王国2017年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2017年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする