食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

シェフが選ぶ レジェンドシェフ5人


レジェンドシェフ部門 第1位
落合務さん ラ ベットラ ダ オチアイ

「パスタ」という言葉さえ誰も知らなかった35年前の日本。本場で腕を磨いた落合務さんがシェフを務めるレストランも、連日閑古鳥が鳴いていた。とうとう後輩から「この店、辞めましょう。他に良い職業はありますよ」と言われた。「僕もそう思った。毎日辞めたいと思っていたからね。でも、つい『一度でもこの店を満席にしてから辞めよう。そのほうがカッコイイじゃないか』と言ってしまったんです」
結局、「グラナータ」のオーナーの「常に本物を出す」という言葉に支えられ、初心を貫いた。その後の活躍は、今回の投票結果が示す通り、イタリア料理のみならず、日本の食を変えた、と言って過言ではない。「今は、デートで当たり前にイタリアンへ行く。当時はこんな時代が来るなんて、思ってもみませんでした」

「ジャンルの壁」を取り払い
料理界全体のレベルアップを

その後、独立。自分の店を持つようになり、本物志向にオリジナリティが加わった。「新鮮なウニのスパゲティ」など、〝ラ ベットラ ダ オチアイの皿〞を生み出していく。「『メニューの料理はみんなイタリアで食べられるの?』と聞かれますが、今はオリジナルも多いです」時代の変化に合わせて、進化を続ける。そんな落合さんの姿勢に、憧れの眼差しを送る若者は多い。その著書に、「勇気や刺激をもらった」と話す若い料理人も少なくない。自身、ジャンルを問わず、相談を受ければアドバイスは惜しまない。
「今は、フレンチだ、イタリアンだ、中華だ、和食だと壁をつくっている時代じゃないと思うんです。みんな仲良くしながら、改めて料理界全体をレベルアップしていかないと。僕は今、そう思って活動しています」苦難の時代を知るからこそ、先駆者は常に時代の先を見つめている。

204人のシェフが選んだワケ!
渡辺明さん「イル・リフージョ・ハヤマ」(神奈川・葉山町)
日本でのイタリア料理の基礎を学びました。今でも大きな目標です。

レジェンドシェフ部門 第2位
谷昇さん ル・マンジュ・トゥー

「私塾を開きたい、と思うほど料理人としての僕のすべてを若い人にさらして、ともに勉強したいですね」それが夢だという。「そうそう、もうひとつ夢があります。もっと広々としたレストランを開きたい。でもこれは資金的に無理です」谷昇シェフはこう言って、いつもの照れたような笑顔を見せた。しかし、いつまで現役でガス台の前に立つ幸せを体感できるのか。「そんな不安がよぎる」と言う谷シェフは、今年の8月で65歳になる。
「僕のような〝一代種〞では、店が生きていられる時間は限られています。今日という日をしっかりと生きて、日々の仕事を、生き方を大切にしたい。当たり前のことですが、つくづくそう思いますね」これが谷シェフの現在の心境だ。だから、ル・マンジュ・トゥーの「日々の仕事」を本にして惜しげもなく公開している。それは塩の使い方、油の使い方、魚の切り方、素材を無駄なく使い切るテクニックなど基本中の基本から、ジビエ料理やスペシャリテの作り方など多岐にわたる。「変わり続けること」を己に課している谷シェフだからこそ、伝えるべきことは次々に発生するのだ。

谷ワールドを形成する
料理への一途な情熱

「翌日の仕込みをやっていると明け方の4時頃になってしまう。なかなか家に帰れない日々が20年以上続いています。実は家庭の温もりの中にどっぷりと身を置いたら、料理と真剣勝負ができなくなるのでは、そんな恐怖感がこの年齢になっても抜けない。不器用なんですね」
料理に対するこの一途な情熱が、ル・マンジュ・トゥーの〝谷ワールド〞を形成しているのだ。もちろん、後に続くシェフたちの尊敬の眼差しもそこにある。私塾を開くのはまだ先のことになりそうである。

204人のシェフが選んだワケ!
仲本章宏さん「リストランテ ナカモト」(京都・木津川市)
素晴らしい技術を惜しげもなく本などで公開し、次の世代に繋げていこうという気持ちで、業界を引っ張ってくださっている。

レジェンドシェフ部門 第3位
勝又登さん オーベルジュオー・ミラドー

東京のスターシェフだった勝又登さんが東京を離れ、箱根に店を開いたのは1986年。それから30年が過ぎた。「私は70歳になった今も、すばらしい食材と出会ったとき、震えるほど感動します」と、勝又さんは穏やかに語る。モノを創ることは、つねに挑戦であり、それをやめたとき人は「老いる」のだと。2017年早々、勝又さんは新たな挑戦を始めた。2月5日に再オープンした熱海のMOA美術館内に、監修店「カフェレストランオー・ミラドー」を開いたのだ。「44年前にオープンした日本初のビストロを進化させたお店が、箱根と熱海、2つの地をつなぐことになるかもしれません」。語る声は、弾んでいた。

204人のシェフが選んだワケ!
小池智宏さん「箱根ホテル『イル・ミラジィオ』」(神奈川・箱根町)
箱根・小田原地区のトップリーダー月に一度、時間を設け、親睦を図ってくださいます。

レジェンドシェフ部門 同率第4位
斉須政雄さん コート・ドール

「料理人は、素材と素材を出会わせる仲人」と斉須さんは言う。既成概念にとらわれてもいけないし、奇をてらってこじつけてもいけない。「ああ、君はこの人と出会いたかったんだね」と思いながら料理をつくる。その上で、「簡潔であること。個性的であること。強すぎず弱すぎないこと」を心がける。料理に近道はない。何かをつくりたいと常に夢想しているが、それがいつも実を結ぶとは限らない。「僕の場合、発想を手がかりに、試行錯誤を繰り返さない限り、自分の料理には到達できないのです」愚直に、真摯に。そこから生み出される皿に、ゲストは心躍らされる。

204人のシェフが選んだワケ!
手島純也さん「オテル・ド・ヨシノ」(和歌山市)
食材の本質をフランス料理の味で知りたいなら間違いなく一番だと思います。

レジェンドシェフ部門 同率第4位
田代和久さん ラ・ブランシュ

フランス料理とは――田代和久シェフが半世紀近く追求しているテーマだ。「味噌と醤油の味わいが遺伝子に組み込まれている私たちです。私が『旨い!』と感じられればいいんだ、と思い極めて店を開きました。野菜にしても、子どもの頃、福島の川で思い切り遊んだ後にかぶりついた、トマトやキュウリのあの味。甘いカブやホウレンソウ。僕の記憶に残る野菜たちを探し求めてきました」と〝野菜使いの名人〞田代シェフは言う。「これぞという食材と向き合ったときのドキドキ感が僕を支えてきた」。テーブルを飾る小さな花も、窓辺の陽射しも、サーブする人々も、すべてが心地よいレストラン。そこでは最高の〝田代の皿〞が待っていてくれる。

204人のシェフが選んだワケ!
嘉藤貴士さん「ルモンドグルマン」(東京・自由が丘)
日本のフランス料理店の素晴らしいお手本だと思います。

text 山内章子(落合務さん)、長瀬広子(谷昇さん、田代和久さん)、料理王国(勝又登さん)、山内章子(斉須政雄さん)  
photo 依田佳子(落合務さん)、Ichiro Nakanishi(谷昇さん、田代和久さん)、Chikara Hichiya(勝又登さん)、 yasutaka Hoshino(斉須政雄さん)

本記事は雑誌料理王国2017年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2017年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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