食の未来が見えるウェブマガジン

おいしい和菓子の色


フォロワー4万5000人。
日本人の美意識を刺激する和菓子職人の「おいしい色」とは

菓子屋ここのつ 溝口実穂さんに学ぶ おいしい和菓子の色

浅草・鳥越の一軒家。わずか5席の小さな茶寮「菓子屋 ここのつ」は、6皿ほどの和菓子のコースとお茶のペアリングで人を呼ぶ。昼と夜の2部制で、月の営業は10日ほど。ひと月のおよそ100席は、予約開始から1秒で満席になるという。「自分が食べたいお菓子を作って、お客さまにも喜んでいただける。本当に幸せです」と話す店主、溝口実穂さんは27歳。無類の豆好きは幼少期からというから、好きなことを20年も追求し続けてきたことになる。

「『和菓子は忘れ去られようとしている』といわれますが、私はそうは思いません」と溝口さんはいう。そもそも日本に「和菓子」が誕生したのは洋菓子が入ってきたから。それまでは、わざわざ「和菓子」と呼んで区別する必要はなかったはずだ。「和菓子といえば、抹茶とともにいただく練り切りをイメージされる方が多いそうですが、それだけではないと思うんです。旬の食材に少しだけ砂糖を加えたり、甘さを引き立てるため料理に塩をする。旬の果物も日本のお菓子ではないでしょうか」忘れられたのではなく、気づいていないだけ、と溝口さんは話す。「和菓子には無限の可能性があるんです。それは日本の食材に無限の可能性があるということ。そして、旬の食材には季節の色があります」。溝口さんの菓子に、日本の色が生きる。

「おいしいとき」が素材本来の色

栗の最中
小豆の餡、バター、削った蒸し栗というシンプルな構成の最中。「菓子は砂糖と水。その次に小豆(豆)がベースになると思っていますので、コースに必ず餡のお菓子を入れます」。黄と餡、風合いのある皿とのコントラストが茶寮に浮かぶ。
photo by Yasutaka Hoshino

和菓子でよく使われる色粉を、溝口さんは使わない。本来、多様性が高かったはずの日本の菓子が、「和菓子」というフレームに収めらたことで、「砂糖と色付けによる季節の表現だけが残ってしまった」と、溝口さん。たとえば、溝口さんの冬の菓子に「栗の最中」がある。和菓子では蒸した栗の黄を鮮やかに出すために、梔子(くちなし)で色付けする。「この栗は熊本の『美玖里(みくり)』という品種。これが梔子と一緒に炊く必要がないくらい黄色い。味もすごく良いんです」。旬の食材を選ぶことができれば、食材そのものの色で季節を表現することができる。「内容はおまかせ、開始時間も決めさせていただいているのも、旬の食材をいちばん良い状態でお出しするため。だから、色粉を使う必要がないんです」

見えすぎない部屋が料理に集中させる

photo by
溝口さん
photo by
Yasutaka Hoshino
photo by
溝口さん
photo by
溝口さん
photo by
Yasutaka Hoshino
photo by
溝口さん

茶寮の壁は、柿渋染めの和紙を使っている(写真、下段左)。また、茶寮の中央にある大テーブルにも、黒い和紙を使用(写真、上段右)、視線が皿の中に集中するようになっている。

「菓子屋 ここのつ」の窓は厚めの白い布で覆われており、店内に入ると昼間でも薄暗さを感じる。しかし、そのうち目は慣れてくる。「現代は私にとっては明るすぎるんです」と溝口さん。蛍光灯の光を長時間浴びるとクラクラするのだという。小学校でも、日中に陽光が教室に入ってきているのに、なぜ蛍光灯をつけるのだろう、と思っていた。明るすぎれば、見えなくてもいいものまで見えてしまう。見えるものは最小限の方がいい。「見えないという設定から、見えるものだけに集中するようになります。茶寮を暗くしているのは、お菓子に集中していただくため。その方が、よりおいしく感じられると思っています」。店内に調度品などをできるだけ置かないのも、料理に集中してもらうためだという。

自分だけに見える色を貫き通す

photo by 溝口さん
photo by Yasutaka Hoshino

カボチャのスープ
蒸したカボチャを漉して温かい牛乳でのばしたスープ。ローストしたカシューナッツのすりおろしの下には、チーズと小豆を道明寺で包み丸めた餅。オリーブオイルを仕上げに。和と洋の垣根を超えた菓子。

Instagramで、溝口さんが撮った画像を見ると、ハッとさせられる。明るく鮮やかな写真ばかりが洪水のように流れてくる画面の中で、まったく違う世界観の画像が現れるからだ。同じように溝口ワールドに共感する人は世界に4万5000人(現在のフォロワー数)。これはそのまま、潜在顧客ともいえるだろう。上の2つの画像は、同じ菓子でも撮影者が違う。左が溝口さんで、右が本誌カメラマン。撮影者が、光の強さなのか、色の変化なのか、何を見ているかによって、見える世界は異なるのだ。「子どものころから、どこか人と違うなと感じて、周りに馴染めずにいました。それでも人と違うことを貫き通してきて、今があります。何かを成し遂げるなら、新しい見本にならないといけません」

Miho Mizoguchi
1991年、埼玉県生まれ。食物栄養科の短期大で栄養学を学ぶ。東京と京都の和菓子屋に勤めた後、2015年から東京・浅草鳥越に完全予約制の茶寮(和菓子のコース)「菓子屋 ここのつ」を主宰する。

江六前一郎=取材、文 Yasutaka Hoshino=撮影

本記事は雑誌料理王国2019年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2019年1月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする