~時を越えて受け継ぐ~ 師匠と弟子の物語 斉須 政雄 24年2月号


役割分担はあるけれど、立場の上下のない組織

「コート・ドール」は1986年2月の開業なので、もうすぐ丸38年間続けてきたことになります。今までたくさんの若い人と働き、当然いろいろなことを教えてきましたが、実は教わったのはまったくもって僕の方なのです。

僕はシェフで、みんなより経験があるから、当然与えられるものを持っている。それを君たちにあげるので、みんなも力をください、という姿勢でやってきました。僕のアイデアとスタッフの子のアイデアを合体させてスペシャリテを作ったこともありましたし、若い子たちの思考方法にはいつも学んでいます。シェフだから偉いということはない。役割分担はあるけれど、立場の上下のない組織でありたいのです。

この考え方の原型は、パリで働いた「ヴィヴァロワ」にあります。ヴィヴァロワは三つ星の一流店でしたが、オーナーのクロード・ペローさんは実に謙虚な方。たとえば仕込み中に足りない材料があると、自転車で急ぎ買いに行ってくれるんです。僕が「ありがとうございます」と受け取ると、「ありがどうは私だよ! 働いてくれてありがとうマサオ!」とおっしゃる。

ヴィヴァロワでは、僕の生涯の友であるベルナール・パコーにも出会いました。彼はこの店の料理長だったのです。ベルナールほど公平で、思慮深く、愛情に満ち、才能にあふれた人を僕は他に知りません。絶対に威張らない。質問をすればなんでも教えてくれる。どんな素材、誰に対しても分け隔てなく接する。

僕は修業の初期に日本で働いていた時、厨房の理不尽な上下関係に我慢ならなかった。「脱出してやる!」という怒りでフランスに行ったようなものです。まずは必死で約5年間、量をこなす働き方をしました。その後ヴィヴァロワで、ペローさんとベルナールが作る家族のような職場に出会えた。理想そのものでした。

それに当時は1970年代で、街で人種差別を受けることも少なくなかった。色眼鏡なく僕に接してくれるヴィヴァロワは、自分が自分でいられる命綱のような場所だったんです。「ああ、これを絶対に日本に持って帰る」と決意しました。それがコート・ドールです。

そんなわけですから、コート・ドールでは、お互いにいつでもサッと手を貸せる風通しの良さを大切にしてきました。僕がスタッフの子に求めるのは、健康と気立てだけ。でも、我が強くてチームになじまないのはいけない。他の人が困っているのを見ぬふりするのも許しません。お客さま、業者の方々への気遣いが足りなかったら見逃さず注意します。素材や道具、料理への態度がぞんざいな時も同じ。

ポジションによる力の差を作らないことも大切にしてきました。たとえば、若い子にストーブ前(肉や魚の加熱)を時折やらせるなど循環を作り、先輩の仕事も経験をさせます。その時は、結局は先輩が仕上げることになってもいい。でも、やったという記憶があると思わぬ事態になった時にカバーしあえるでしょう?

1日4回の厨房掃除も、僕を含めた全員参加。先輩だからと免除はされません。この感覚を、働いた子たちには身につけてほしいのです。

牛尾の赤ワイン煮はコート・ドールを象徴する料理の一つ。「いい料理」とは奇抜なのではない。定番の料理も作り方次第で圧倒的な美味しさを引き出せることを示す。煮込む野菜の量、ワインの煮詰め具合などを調整し、かつてより甘みの少ないシャープな仕立てとなった。

他の誰でもない、自分の人生を泳いでいってほしい

今回登場してくれた山口くん、屋木くん、田村くん、兼子くんも、みんなコート・ドールになじみながら力を発揮してくれました。

山口くんは、昔からいい意味で凝り性という印象。僕と共通の感覚がありますが、より繊細で斬新な料理を作ります。神戸から東京に店を移転し、うちの店と近所になったのでよく話に来てくれるのも嬉しいです。

屋木くんはストーブ前で長く働いてくれました。器用ではないけれど、ブレない心で、しっかりと力を伸ばした人です。札幌で10年以上お店を続けていますが、屋木くんを引っ張ってくれる料理人の奥さん、ミキさんの存在が大きい(笑)。奥さんを大切にしてくださいね。

田村くんも器用ではないけれど、仕事はとてもきれいで、あと深く静かに人間を観察していました。「俺が俺が」というタイプでありませんが、物おじもしない。面白いやつです。地に足つけて料理に取り組んでいます。

兼子くんは仕事も頭の回転も非常に早く、冷静。休み時間や仕事の後にソムリエや語学の勉強をいつもしていて、マネージャーが店を閉めた後も近所の公園で続けていた日もあったと聞きました。向上心の強さと努力の量が際立っていて、目を見張りましたね。

そのほかの出身者もみんな、僕よりできる人ばかり。辞める時は寂しい気持ちはありますが、いつかは巣立つもの。「なりたい自分になれるよう、頑張ってね」と送り出します。

僕は今73歳ですが、この10年でようやく自分の思う自分になれたかな、って感じるようになりました。福島の田舎から集団就職で上野駅に降り立った、不安で青白い18歳の僕に「シェフになれたよ、なりたい自分になれたよ」と言ってあげたい。

そして、みんなにもそうなってほしいのです。等身大が何よりも大事。他の誰でもない、自分の人生を泳いでほしい。その時にコート・ドールでの学びが少しでも役に立つのであれば、僕にとってこんな大きな喜びはありません。

中庭を望む店内。温もりがありながら清々しく、優美な雰囲気でゲストを迎える。

斉須 政雄 さいす まさお
1950年福島県出身。高校卒業後に千葉県のホテルでフランス料理の修業をはじめる。六本木「レジャンス」などを経て1973年に渡仏。「オーベルジュ・ド・カンカングローニュ」、「ヴィヴァロワ」、「タイユバン」などに勤務。ベルナール・パコー氏のオープンした「ランブロワジー」では開業時からともに4年間厨房に立ち、ミシュランの2つ星を獲得する。1985年に帰国。1986年2月「コート・ドール」のオープンとともに料理長に就任。1991年よりオーナーシェフとなる。

コート・ドール
東京都港区三田5-2-18 三田ハウス1階
TEL 03-3455-5145
12:00~14:00LO、18:00~20:30LO
月、火休

text:Izumi Shibata, photo:Yoshiko Yoda

師匠と弟子の物語 コート・ドール編


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