「リピートしていただいたお客様に驚いたり喜んだりしていただきたいので、同じ料理を出すことはありません」と、「ル スプートニク」の髙橋雄二郎さんは言う。その信念は徹底しており、自身のシグニチャーディッシュ「"薔薇" フォワグラ、ビーツ」でさえも、要望がなければリピート客のコースから外す。
「ガストロノミーには付加価値が大切です。『食べたことがないけどおいしい』という提案をし続けたい」と言う髙橋さん。今回選んだ柑橘は、故郷の福岡県から届いた「南津海」と「能の古こ甘あま夏なつ」だった。
「フランス料理にはフォワグラは外せない食材。意外と"万能選手"なんです。いろいろな素材と合わせることができるので、料理をしていて面白い」と髙橋さん。「"薔薇" フォワグラ、ビーツ」など、独立前から考えたフォワグラのレシピは、100種類にもなるという。「フォワグラは、甘酸っぱいものと組ませると間違いなくおいしい。だから、柑橘との相性もいいんです」
髙橋さんは、カラマンダリンに似た南津海の果汁を使って焼きあげたスフレに、フォワグラのポワレ、2種類のチーズを合わせたレシピを考案してくれた。
焼きあがった南津海のスフレの中に、フォワグラを大胆にもそのまま投入。「スフレにフォワグラを添えて盛り付けることも考えましたが、別々に食べてしまわれては意味がないですし、プレゼンもなんだかしょぼく見えてしまう。ですから、あえてフォワグラをぶち込んでみました」と髙橋さん。
南津海は、甘味が強い一方、酸味はほどよい。それなら、甘味を活かしたフォワグラ料理にしたいと考え、南津海の果汁を使ったスフレにフォワグラを合わせてはどうかと思いついた。どちらも口どけのよい食感で相性もよさそう。さらに中の果肉をくり抜くように取り出し、南津海の形をそのまま残した皮を、スフレを焼く釜にすることで、南津海の香りを纏まとわせる斬新な方法も考えた。
「小型の焼き皿ココットを使った方が、火の入りも焼きあがりもきれいです。しかし、今回はそれがコンセプトではない。南津海とフォワグラの香りを強調するために、あえて"南津海釜"を使ってみました」
複数の胚(芽)をもつ「カラマンダリン」の実生(珠心胚実生、しゅしんはいみしょう)から生まれた品種で、甘味が強く水分量を多く含むのが特徴。名称は、「夏(初夏)に食べるミカン」に由来する。ミカンより大きいサイズで、皮はやわらかく手でむくことができる。福岡県内では、みやま市、宗像市、豊前市といった海沿いの街が主な産地。4月下旬から5月下旬が出荷時期。
できあがった南津海のスフレに、大胆にもフライパンで焼いたフォワグラをズブリと投入。仕上げに、「南津海とフォワグラの間をつなぐ役目」として、酸味のある2種類のチーズ、シェーブルとフロマージュ・ブランをパウダー状にしたアイスを振りかけた。
焼きあがったスフレとフォワグラとの温度差が生む、心地よい歓びと感動。そして、フォワグラの塩味や旨味に合わせたスフレは、ダラダラと甘味が長引かずキレがいい。
「南津海の果汁を半量まで煮詰めて味を濃縮させていくと、それまでほとんど感じられなかった酸味が出てくる。さらにレモン汁を加えて酸味を立たせることで、スフレの甘さを切っています」
南津海のスフレにフォワグラを投入し、南津海の果汁を1/3程度煮詰めたソースをかける。この状態でテーブルまで運び、客前で、液体窒素で凍らせてパウダー状にしたシェーブルとフロマージュ・ブランのアイスを振りかける。かけた瞬間、煙が立ちあがり、そのなかから、白と黄色のコントラストが美しいフォワグラのひと皿が浮かび上がってくる。
4月から6月まで出荷される「能古甘夏」は、初夏にぴったりな清涼感と、苦味を活かしてメイン・デザートにしたいと髙橋さんは考えた。「昼は8品、夜は12品前後お出しするため、あまり濃厚なデザートは出せません。最後までおいしく食べてもらえるよう、温度差やパリパリ・サクサクの食感などを意識的に使い、軽めに仕上げたい」。自ら「お菓子作りが好き」と公言する髙橋さんは、デザートにも、能古甘夏で新しい提案を盛り込む。
甘味が控えめで、酸味と苦味がほどよくある能古甘夏は、甘味、酸味、苦味、食感の異なる4種類の薄い板状のアイスにして、ミルフィーユ状に重ねる。ミルフィーユは、フィユタージュ(折り込みパイ生地)にクレーム・パティシエール(カスタードクリーム)を重ね、横にアイスを添えることが多いが、髙橋さんは、その構成を逆転させたのだ。
「能古甘夏の4種類のアイスの層の間に、できるだけ薄くした飴を挟ん
柑橘とフォワグラのつなぎ役となる
素材を考えることが成功のカギ
「柑橘とフォワグラの料理にはつなぎ役となる素材が必要」と髙橋さん。例えばオレンジとフォワグラのポワレを合わせるなら、オレンジとフォワグラの苦味をつなぐ役目としてエスプレッソコーヒーを使う。しかも絡みやすくするため、エスプレッソはシート状に。南津海では、2種類のチーズの酸味が、つなぎ役を担っている。
1 果肉をくり抜いた南津海の釜に、スフレ生地を流し込む。スフレ生地は、果汁を半量に煮詰めたものをベースにクレーム・パティシエールを作り、メレンゲを合わせた。南津海釜の内側には、ココットで焼き上げる際と同様に、バターと砂糖を塗っている。
2 上が南津海の果汁、下は果汁を1/3ほど煮詰めたもの。最後にソースとして、フォワグラとスフレにかける。スフレ生地には、これをさらに煮詰めたものを使う。
3 焼きあがった南津海のスフレ。
4 シェーブルとフロマージュ・ブランを液体窒素に入れて凍らせ、パウダー状にした。
1977年福岡県生まれ。福岡大学卒業後に料理人を志し、中村調理製菓専門学校に入学。同校卒業後、都内のレストランで修業し、2004年に渡仏。「ルドワイヤン」
「ラミジャン」「メゾンカイザー」「パンドシュクル」で腕を磨き、07年に帰国。シェフを務めた「ル ジュードゥラシエット」では5年連続で「ミシュランガイド」一ツ星を獲得。15年7月に、「ル スプートニク」で独立。同年、一ツ星に。
江六前一郎=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国275号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は275号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。