「対談」フレンチに醤油はあり?なし?


世界的に醤油が注目されている。かつては「フレンチに醤油はタブー」とまでいわれていたが、日本人のシェフたちはどう考えているのか。東京と福岡、フランスとニューヨーク。
それぞれ違う舞台で活躍してきたふたりのシェフに聞いた。

気鋭シェフ対談

レストラン カズ 篠原和夫さん
×
ル・スプートニク 髙橋雄二郎さん

―九州の方は醤油に大変こだわりがありますよね。生産もさかんですが、篠原さんは普段使われますか?

篠原 日本の食材は日本の調味料が一番合いますよね。だから、自分は昆布も使うし、醤油も味噌もわからない程度に、旨味成分のひとつとして使っています。九州という土地柄もありますが、カブにはダイコン系の菜種油があったり、土地のものを合わせるのがよいと思っています。醤油や味噌は日本人になじみの深い調味料。風味に強い力を持っているので、それをそのままかけて食べさせるというのはなく、塩にこだわるようにいち調味料として隠し味に使うというのは効果的です。
フレンチだからと、その調味料だけを使ってはいけないわけではないと思っています。

―フレンチであっても地のものとして取り入れるべきと?

篠原 自分は福岡でレストランを開いていることもあり、生産者さんたちととても近いところにいます。だからこそ土地土地の調味料が合うと思うんです。

―今では、海外のシェフたちがこぞって醤油をはじめとした和の調味料に興味を持っているようですね。

篠原 リサーチは、日本人よりも海外の方のほうが長けているように思います。すでに「アストランス」のシェフも「鮎魚醤」を使っていますよね。でも海外の方よりも日本人のほうがよく知っていて、DNAにも刻まれている味。物心つくときから体にしみこんでいますよね。だからこそ、お客さまにも「何かおいしい」と感じさせる安心感があるのではないでしょうか。

―髙橋さんは和の調味料はお使いになりますか?

髙橋 僕自身和食が大好きなのですが、日本の調味料はほぼ使ったことがないんです。僕がフランスにいた時代も醤油などの和の調味料はすでに注目されていました。三ツ星のアミューズにお寿司が出てくることもあるほど。フランス料理と日本料理はアプローチの仕方が違います。フレンチはだしを凝縮させて作っていくことが多いんです。お酒を煮詰めてフォンに詰めて、そこにバターや生クリームなどと加えてコクを与えて、濃縮していくという味の作り方です。逆に言うと発酵調味料で味を作ることがほぼない文化。でも、日本人に生まれて日本の味をすごくおいしいと思う日本人の舌に対して、それを使わずにおいしいと思ってもらえるようにずっと僕は戦ってきました。フランス料理を掲げるうえで、和の調味料はやめておこうと。日本酒などはコンセプトとして使うという場合はデセールやジュレには使うこともありますが、味を構築する際にはあえて使わないようにしています。

―自分のフレンチを楽しんでもらうというより、日本人の舌に納得させることのほうが工夫が必要ですね。

髙橋 実は、発酵調味料はずるいと思っているんです。味を決めるときにはつい使いたくなるほど魅力がありますから。でも使わない方法もあります。日本人の舌になじみのある昆布のだしの旨味はトマトのそれに似ているんです。和の調味料を使わずとも、近づけることはできます。余計なものは入れずに、おいしさを引き出すことはできますよね。だから、僕はハーブを多用することもしません。素材の重ね方で、さまざまな味の持っていき方ができる多様性がフレンチの魅力でもあるので、あえて調味料やハーブに頼らず日本人が納得する味を作ろうと思っています。
ただ、濃縮以外の方法で味に深みを出したいときに、発酵や熟成はこれからの課題になることは間違いありません。そこに取り組みをしています。素材を乳酸発酵させて酸味をとったり、麹菌をとってレンズマメに麹菌をつけてピューレを作ったらどんな味がするか、置いてみるとどんな味がするか。さまざまな可能性があるのが面白いと思います。発酵や熟成は日本の食文化には欠かせませんから、突き詰めていくと「日本のフレンチ」ができるんじゃないかなと思うんです。

―世界的に発酵調味料は注目されていますね。日本人としては調味料に限らず「発酵」というのが一つのキーになりうるのでしょうか。

篠原 旨味を用いたいときにどういうものをどのタイミングで使うかということに意味があるんだと思います。調味料に重きをおいているというわけではないんですよね。いらないものはいらない。そこに発酵調味料を使うのか、昆布などのアミノ酸を使うのかが選択のひとつなんですよね。

髙橋 無理に出す必要はないですよね。それなら排除したほうがいい。

篠原 完成度が低いのに使っていいのかというのもありますよね。言いきれることでないと危ないというのもあります。ちゃんとした知識と管理があったうえでできる。安易に「発酵」「熟成」といっても紙一重の部分でもありますので。とくに日本は湿度も高いですから料理人が菌を使いこなすにはまだ時間がかかると思います。

髙橋 そうですよね。作ること自体は、プロに任せたほうがよいと思っています。適した環境で作られているので。

篠原 年々日本の気象環境も変わっているのもありますよね。農家さんも技術的に変化させなくてはいけませんし、海のものでも旬がどんどんズレてきています。どんなものでも昔と同じ製法で、というのは難しくなってきた。同時に考える時期になっているんだと思います。昔から続いているからそれが無条件によいということではなく、それがどんな意味をなしているかということを知るべき時なんじゃないでしょうか。

髙橋 そうですよね。例えば、和食の料理人さんが枝豆で味噌を作りたいとします。それなら、生産者さんにお願いして一緒に作るのがベストではないでしょうか。生産者さんもぜひ、新しいものにチャレンジするとしたら料理人と協力して作っていただけたらなと思います。そうしたら、新しいものがまた生まれると思うんです。もちろん伝統には勝てません。その風土に根差した風土が育てたものですから。だからその知恵を借りて、まったく新しいものができたら面白いと思うんです。

―既存のものでは日本人として海外には勝負できない?

篠原 それは、日本人の我々が海外の調味料を使うのと同じようにスパイスとしての使い方に注目しているのだと思います。そもそもスパイスはアジアからヨーロッパに渡ったものですよね。香りの中間点はアジアにあると思っています。そのルーツは同じなので、それを理解したうえで、みんながDNAとしての味覚、嗅覚を持っているもの。そこで「これは何?」と感じさせることができる方法を探すのが面白いのかなと思います。旨味を詰めて凝縮させる方法と、個体から瞬間的に抽出して使う方法、どっちがよいかは使い手の感性でもありますよね。

―そういう意味では、和の調味料とひとまとめに括ることそのものが、固定観念に縛られているとも言えますね。

篠原 そうですね。ニューヨークにいたときデセールにみりんを使っていたんですよ。使ってはいけないわけではないですけど、日本人の感覚だと面白いですよね。でも、12年物のみりんなどは熟成がすすんで糖度も高くなるので使えなくもないかなと。それはバルサミコ酢も同じで「デセールに使ってみては?」と試してみた人はすごいなと思います。当たり前だと思っているところからはみ出してみて、よかったら取り入れるべきなんだなと思いました。

―お二人にとって、フレンチの基本を崩さないという前提があっての、使う、使わないの選択なのですね。

髙橋 日本のフレンチは「フランスに行けないから現地の料理を輸入してフランスの文化を楽しむ」という〝輸入業〟からだいぶ離れてきました。しかし、今の日本のフレンチを世界に発信したいとなったとき「日本ならでは」というと、和の技法や調味料で打ち出すということを考えがちです。でも、実は世界から見るとそれは重要ではない。海外では「和」というコンセプトを食べているわけでなく、そのシェフの感性を食べているという感覚が強いんです。そう考えると料理人のほうも自ずと選ぶものが決まってくると思います。

篠原 ニューヨークはいい意味で、食に垣根がありませんでした。フレンチ、イタリアンと、料理のジャンルというカテゴリー分けは必要だと思いますが、同じフランス料理でも皆が同じことをしているわけではないですよね。食材も、来られるお客さまの味覚ももちろん違います。土地に根差すやり方があって、例えば生産者の方の顔が見えるものを使ってその魅力を引き出すのも我々料理人の選択肢の一つになると思います。

髙橋 これから日本人が世界に出ていくには、そこにあるものをただ利用するのではなく、生産者さんはもちろん、多くの人を巻き込んで新しいものを作ることが大切ですよね。今あるもので勝負しようとすると、和食や和のものの域をいつまでも出ることができません。そうしているうちに、いつか海外の方に日本のよいものを使ってまったく新しいものを作られてしまうかもしれません。その時は日本人として、きっと悔しい思いをすると思いますよ!

「長く続いているものだから無条件にいいわけではない。その理由を知って使うべき」――篠原シェフ

「発酵や醸造はこれからの料理を作るうえで、課題になる」――髙橋シェフ

Kazuo Shinohara
渋谷「ラ・ロシェル」の坂井宏行氏に師事。ニューヨークで3年間、研鑽を積み、福岡「ラ・ロシェル」を経て、福岡警固にて「Kazu Kitchen」をオープン。福岡 浄水通りに「Restaurant Kazu」として再オープン。地産地消を根本とした九州の食材の魅力をひと皿に表現する。

Yujiro Takahashi
「ル・ジュー・ドゥ・ラシエット」で6年間シェフを務め、ミシェランの星を獲得することに貢献。昨年、東京六本木に自身の店「ル・スプートニク」をオープンし、一ツ星を獲得。フレンチの古典に軸足を置きながらもガストロノミーの理想を追い求める。

佐倉ひかる(本誌編集室) 取材、文 今清水隆宏 撮影 

本記事は雑誌料理王国264号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は264号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする