フレンチの魚といえば「ヌキテパ」。ヒラメをおいしく食べるための調理法をご紹介!


「フレンチの魚」といえば「ヌキテパ」。
魚嫌いだったからこそ、旨い!と顔がほころぶ魚料理で喜ばせたい。

「ヌキテパ」のオーナーシェフ、田辺年男さんの魚使いには定評がある。有機野菜と魚介類に特化したフランス料理を、25年も続けているのだ。メニューに肉を取り入れない理由を「日本にはいい魚はあるが、いい肉がないから」とさらりと言う。徹底的に「いい魚」にこだわる田辺さんだが、素材に甘えず、その料理はアイディアと愛情に溢れている。

仲買人さえも履き違えている魚の常識

神奈川県の三崎の網元を中心に沼津、富山、青森など、毎朝、各地から魚が届く。新鮮な魚介を使ったフランス料理によって、田辺さんは「肉には詳しいが、魚の知識は和食に及ばない」というフレンチのシェフに対する定説を破った人だ。魚の扱いについては、料理人どころか、市場の仲買人でも、誤った常識に縛られている人が少なくないという。「よく、『新鮮な魚』って言いますが、では鮮度の基準はどこにあるのか、そのへんから聞いてみたいよね」みんな「鮮度」について間違った思い込みをしているのではないか。「鮮度がよい魚」というのは、しめたばかりの魚、とイメージするが、問題は魚がいつまで「生きていたか」ではなく、いつまで「海にいたか」だと田辺さんは言う。

海から引き上げた魚を、人工海水の水槽で泳がせる料理屋が、「新鮮な魚を出す店」ともてはやされた時代もあった。しかし、水槽に魚を入れると、風味はみるみる失われていく。天然の魚が水槽で生き続ける確率は6割くらい。たとえ生き残っても、風味はぐんと落ちる。百歩譲っても、水槽で生かしておくのは1日が限度。エビやカニは、魚よりその変化が顕著だ。「水槽に入れた瞬間から、あっという間に身が痩せていく」田辺流に考えれば、長い間、水槽泳いでいた魚の場合は、たとえ、今しめたばかりだとしても、「鮮度がよい」魚とはいえないということになる。「釣り上げたら、すぐにしめて血抜きをした魚のほうがおいしい。水槽に入れた魚と、すぐにしめた魚、片方は生きていて、片方は死んでいても、海から引き上げたのが同時だったら、鮮度は変わらない。むしろすぐにしめた魚のほうがだんぜん旨い」。

これからがおいしい青森産の天然ヒラメ

真水や氷は魚の敵下処理も布で拭く程度に

生魚を調理するまえに真水で洗うことも、魚の風味が損なわれてしまう原因だ。一昨日、青森から届いたヒラメ。実際におろすところを見せてもらうと、田辺さんは魚を絶対に真水で洗わない。途中何度か、布で魚を拭くことはあっても、真水をかけないのが鉄則だという。その代わり、頻繁にまな板を洗う。「清潔」が調理の基本だからだ。「何年も前から言っていることなんですが、日本の魚市場に行って、氷浸けになっている魚を見ると、なんだかがっかりしてしまいます」溶けていく氷の中で、魚はどんどん旨味を失い、なおかつ、部分的に冷やされるため、冷えているところと冷えていないところで、部位による極端な温度差も生じる。氷は、仲買業者が、消費者に対して鮮度よく見せるための演出で、魚の旨さを保持するには、なんのメリットもない。

「かえってマイナスです」シェフが修業したフランスの市場では、スノコの下に氷を置き、その冷気で、スノコの上の魚を冷やしていた。たとえ魚の表面が多少乾いたとしても、真水に浸けて味を台無しにするよりはましだ。「魚を注文して、氷が魚に直に触れる状態で送ってくる業者にもがっかりします」。せめて氷が直接触れないように新聞紙でくるんだうえで、たとえばペットボトルを凍らせたものを下に入れて梱包するなど、工夫してほしい。


和食の場合は、刺身が中心。魚を冷やした状態で食べることが多いため、日本人は歯応えには敏感だが、風味についてはそれほど気にかけないことが多い。ところがフレンチの場合は、加熱調理するメニューが多い。熱を加えると風味の差が歴然とするため、「魚名人」田辺シェフは、人一倍、保冷にも気を遣うのだ。田辺さんが懸念することは、ほかにもある。魚に投与される「薬」だ。「豊漁だった時には、日持ちさせるために、防腐剤のようなものを使うらしい。そういう魚は、内臓が臭う。頭を落とした瞬間、臭いをチェックするとてきめんにわかります。頭をお湯に潜らせてみると、薬の臭いがするんだよね」こうした弊害があることを明確にすることは、料理を口に入れる客だけでなく、漁師や仲買人のためにもなる。ただし改善には、海とシェフのまな板が直結し、両者が連携しなければ不可能だ。

ヒラメの裏ごしスープニース風

魚料理のポイントは火入れと塩をふるタイミング

今回田辺さんが旬の魚として選んだのは、青森県産の3.5キロほどのヒラメ。ヒラメは1年を通して食べられる魚だが、脂ののりがよくなる冬がとくにおいしい。このヒラメを使って、スープ、カルパッチョ、塩包み焼きの3品を仕上げた。いずれもポピュラーな料理だが、それぞれに魚の名人ならでのアイディアが潜んでいる。まず、最初に取り掛かったのが、ヒラメのアラを使ったスープ。スープは田辺シェフのスペシャリテであるだけに、こだわりのポイントには、学ぶべき点が多い。「アラをそのまま調理するのではなく、スープの下処理として、均一に火が入るように、ある程度の大きさに切りを揃えるところから始めてください。そして、このアラをブイヨンで煮る際に、覚えておくと便利なのは、沸騰した段階で粗塩をひとつまみ入れること。こうすると、あくが出やすくなるんです」スープを煮込む時の火加減も大切で、今回のスープは、比較的強火で、しかも短時間で煮込む。魚のスープの場合、煮すぎると風味が抜けたり、また、弱火でコトコト煮込むと生臭さが出てしまうからだ。

「魚料理の8割から9割は火加減と塩加減で決まる」と田辺シェフは言う。たとえば、魚の切り身や開きなどを焼く場合、裏と表を均一に焼くと思いがちだが、それでは魚本来のおいしさを引き出すことはできない。「10分で焼くなら、皮目を9分、身を1分」と田辺さん。その理由は、身より皮のほうが熱が遮断され、火が入りにくいため。当然といえば当然だが、身の側からはほとんど火を入れないのが田辺流。皮をじっくりと焼くと、香りが身に移って香ばしくなる効果もある。「海の魚は腹(身)から焼き、川の魚は背(皮)から焼く」ともいわれるが、田辺さんは一概にそうとも言い切れないと言う。同じ魚でも地方によっては開き方も異なるため、その逆をいう地方もある。

田辺さんにとっては、焼く順番より「皮目をよく焼くほうが大切」なのだ。また、魚に塩をふるタイミングは、たとえば塩焼きの場合は、焼きの後半から焼き上がりにふるのがベスト。「魚に塩をしてから焼く人もいるが、塩を含んだ魚は味が均一になって、実はおいしくない。『塩焼き』というくらいだから、最後に塩そのものを焼く感覚で火入れをすると、魚の甘みと塩気がそれぞれに主張して、味の変化が楽しめる。最初に塩をふってから焼く方がいいのは、水分の多いアマダイぐらいでしょう」

ヒラメとエンガワのカルパッチョ 内臓の燻製添え

香りを上手に使ったワンランク上の魚料理

田辺さんがつくると、カルパッチョも、ひと味違うものになる。ヒラメの身とエンガワをカルパッチョにするのだが、その前にローストしたヒラメの胃袋とレバーを桜のチップで燻製にする。それをカルパッチョの上にのせるのだ。胃袋のコリコリとした歯ざわりと、レバーのねっとり感で、淡泊な味わいのヒラメに奥深さとアクセントが加わる。「日本人は刺身好きですが、生魚というのは、単調な味わいだから、ひと皿食べ終わらないうちに、飽きてしまうことも多いんです」最後まで飽きることなく楽しめるように、内臓の燻製を添えて、味や食感を変える。内臓をローストするだけでなく、燻香を付けたことで、いっそう印象的なひと皿、飽きのこない料理に仕上げているのだ。こうした香り付けの効果は、ヒラメの塩包み焼きにも生かされている。本来は、ヒラメの身を塩に包んでオーブンで焼く料理だが、田辺さんは、塩に、焼いて砕いた伊勢エビの殻と小麦粉を混ぜて塩包み用の生地を作る。この生地でヒラメを包んで焼く。こうすることで、ヒラメの身に香ばしいエビの香りや旨みが移るのだ。塩包み焼きに使うヒラメの身には、骨付きを選ぶのもポイント。「スペアリブを食べる感覚で骨にかじりつく。そんなダイナミックな楽しさも魚で味わってほしい」フレンチで培ってきた技と、魚に対する豊富な知識に裏打ちされた田辺シェフの魚料理。魚嫌いが魚に目覚め、ゲストを喜ばせたいという願いと愛情が培った発想力。それこそが名人と呼ばれる所以である。

ヒラメの塩包み焼き 伊勢エビの香り

text 上村久留美 photo 星野泰孝

本記事は雑誌料理王国第232号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第232号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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