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料理は素材で95%決まる。おいしさは5%の技術で決める。「ヌキテパ」田辺年男さん


神奈川・三崎の魚介や無農薬野菜などの素材を活かした料理から、珍しい土の料理まで、世界中にその名を轟かせる「ヌキテパ」の田辺年男さん。氏が培ってきた技術とは。その考えを聞いた。


自然で育ったものが一番美しくおいしい

 東京・五反田の閑静な住宅街にあるフランス料理店「ヌキテパ」。2017年11月、厚生労働省が各分野で卓越した技能者を表彰する「現代の名工」のひとりに、オーナーシェフの田辺年男さんが選ばれたことは記憶に新しい。

 国も認める技術を有する田辺さんへ「技術」について聞くと、次のような答えが返ってきた。

「料理は素材で95%決まります。僕が手を加えるのは残りの5%だけ」

 たとえば同店を代表する一品である蛤の炭火焼き。火入れの際に貝が開かないよう蝶番を取ったハマグリを強火で一気に焼き切り、貝の中にある海水だけで蒸し焼きした料理は、質の高い素材でなければ成立しない。なにせ調味は一切しないのだから。「人の胃に入るものですから、自然な環境で育ったものを食べるのがいいに決まっています。だからうちでは魚介は天然もの、野菜は無農薬の旬のものだけを仕入れています。自然なものが一番美しいですからね。技術で大事なのは、火加減と塩加減。このふたつで素材のよさをさらに引き立てることができます」

 塩加減でいうと魚介のスープは、あらかじめ作っておいた塩水で調味する。塩の粒で調整する方法では、調理中はちょうどいい塩梅でも、残っている塩が徐々に溶け、お客さまが食べ進めるうちに味が濃くなるのだという。こうしたちょっとした気遣いが、素材の味を活かす技術として有効に機能している。

技術ありきより素材ありきで考えたい

「ヌキテパ」の店外には車庫を改装した食材庫があり、田辺さんは厨房に立つよりもそこにいる時間のほうが長い。それは素材と向き合い、どうしたらおいしく提供できるかをじっくり考えるためだ。

 また、素材の品質を損なわないよう、とにかく素材の管理を徹底している。このことを田辺さんは「皿になる前の気遣い」と表現する。

「お店などで、水道水で作った氷の中に魚を置いている光景を見ますよね。それって塩素だらけの水に魚が浸かっている状態なんです。日本は魚食文化であるにも関わらず、素材の正しい管理方法を知らない料理人や鮮魚店が多いと思います」

 仕入れの段階から管理には気を遣い、魚介は凍ったペットボトルで冷やされた状態で届く。店内でも水道水で洗うことはせず、使う直前までほとんどいじらないのだという。

「基本的に魚は鱗を取り、ペーパータオルとラップで密封して冷蔵庫で保管するだけ。肉もそうですが、包丁を入れたところから酸化するので、むやみやたらに触ることはしません。一方で営業時間の2〜3時間前には冷蔵庫から取り出し、室温に戻すことでより味が出るようになります」

 田辺さんのように、魚介をさばくまでもなく、触っただけでよしあしがわかるようになるまでには、10年を要するという。素材の目利きも、長年の経験で培われたひとつの技術と言えよう。

 基準を満たさない品質の素材が入ったときはまかないで処理し、お客さまに提供しないという徹底ぶりだ。「技術は基礎が十分であれば、やっているうちに身につきます。一方で『質がよくない素材でも、シェフの腕でおいしくできる』といったことを聞きますが、それってまやかしに近い。調味料などで味を足しているだけで、素材の味はどこへ行ったの?と。僕は技術ありきよりも、素材ありきで料理を考えたいから、なるべく天然ものを扱いたいし、本物をお客さまに提供したいですね」

 続けて田辺さんは、近年の料理人を目指す若者についても言及する。

「若い子たちは皿の上のテクニックを気にしすぎているように思います。ソースをアートのようにしたり、付け合わせをデコラティブに飾ったり。見かけを気にする前に、肝心なことが抜けている気がするんですよ。料理は準備が必要です。仕込みだけでなく、料理の基礎の勉強もそうだし、素材の管理もそう。そうした準備にもっと気をかけてほしいですね」

ハマグリは茨城・鹿島産の天然ものを使用。乱獲しないため身が厚く、大ぶりな貝に成長する。蝶番を包丁で取ることで、加熱時に貝が開くことがない。

突き詰めたことをコツコツと繰り返す

 フランス料理を軸に、原始焼きなど素材を活かした田辺さんの料理の原点となっているのは、「ヌキテパ」の前身である東京・恵比寿の「あ・た・ごおる」(閉店)だという。

「8坪という狭さだったので、魚介を仕込む場所も時間もなかった。とにかくお客さまをさばくのに、素材を焼いて出すだけってスタイルでした。それでおいしいと来てくれる方が多かったので、素材そのままがいいと改めてわかりましたね」

 実は田辺さん、30歳になるまで寿司店に入ったこともないほどの魚嫌いだったというから驚きだ。「神奈川・三崎で知り合った網元の方からヒシコイワシをもらって、おろして酢で洗って食べたらすごくおいしくて感動しました。鮮度のいい魚はこんなにもおいしいのかと、30歳から魚料理に絞ろうと決めたんです。それからは同じことをコツコツと繰り返しているだけですよ(笑)」

 ひとつの素材を突き詰めたからこそ、誰よりも魚介に詳しく、最適な調理法を提案することができる。それは唯一無二の伝承されるべき技術と言えるのではないだろうか。

強火で一気に焼き切り、中の海水を蒸発させる。余熱で中のスープを落ち着かせる。密封して蒸し焼きにするのは、フランス料理の技法を応用したもの。
貝を蒸し焼きにし、調味を一切せず素材の命を食む。
過熱時に貝が開かないよう、蝶番を取り除く。これにより貝の中の海水で身が蒸され、磯の風味が増す。身は貝の旨味が凝縮されたスープとともにひと口で食べる。

Toshio Tanabe

1949年茨城県生まれ。体操の五輪候補選手、プロボクサーなどの経歴を持つ。おでん屋台を経て、世界を目指しフレンチの道へ。都内レストランやパリの「ラ・マレ」などで修業し、1988年「あ・た・ごおる」で独立。1994年に移転し「ヌキテパ」を立ち上げる。

虻川実花=取材、文 林 輝彦=撮影

本記事は雑誌料理王国2018年4月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年4月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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