スターシェフ、ダニエル・ブルーは常に今と対峙している。外出規制期間中はいち早くコース料理のデリバリーを始め、屋外飲食の解禁後は路面に冷暖房を完備した個室をあつらえ、テラスレストランをスタート。一流店の格式を維持しながら、時流に即したレストランのあり方を示してきた。
そんなブルー氏がこの夏、また新たな店を誕生させた。場所はグランドセントラル駅を見下ろす「One Vanderbilt Avenue」内。鳴り物入りで完成した大型ビジネスタワーで、高さは地上430メートル、ミッドタウン界隈で最も高い建物といわれている。法曹界や金融界の大手事務所が入居しており、ここはニューヨークをつかさどるパワーシンボルだ。
その2階に登場した「Le Pavillon」は、300坪以上の広さに120席を擁する贅沢な造り。「建築と自然の融合」をテーマに、天井高の空間にオリーブの木や植物が緑を添え、都会のオアシスを再現。本家「Daniel」が重厚でクラシックなのに対し、こちらはクリーンで現代的だ。
その印象は料理にも通じている。メニューの主軸は軽やかなフレンチアメリカンスタイル。マーケットでその日に仕入れた旬野菜と、ニューイングランド地方産のシーフードを主役に、フレンチの技をさり気なく盛り込んで料理が構成されている。オヒョウ、アンコウといった東海岸ではお馴染みの魚介を、コンソメやヴルーテソースで仕上げた皿が秀逸。今後は朝食やランチサービスも展開する予定で、古参のファンとは異なる若いビジネスマン層からの支持も獲得できるはず。巨匠の人気の裾野は広がるばかりだ。
ついにようやく、そんな言葉がふさわしいオープニング。昨年夏の開店予定から遅れること丸1年、蕎麦の名店「更科堀井」がニューヨークに降臨した。江戸時代から230年以上脈々と続く名店の進出を、和食通のフーディたちは首を長くして待っていたものだ。
フラットアイアン地区に開かれた店には、早速蕎麦好きを自負するニューヨーカーで盛況。さすがに威勢よく蕎麦をすするあの音は聞こえないが、殻や甘皮を取り除き、蕎麦の実の芯だけを使用した白絹のような名物「さらしな」は、歓声をもって迎えられている。普段から見慣れた茶色いそばとは異なる香りと喉越しの良さは、まさに新感覚らしい。なお、さらしなは普通サイズで17ドル、もり蕎麦は16ドル。そば寿司や板わさといった一品料理も健在だが、食事をゆっくり楽しむニューヨークの文化に対応して前菜・主菜を豊富に揃えるほか、コース(昼48ドル、夜98ドル)も用意されている。また、メスカルやウイスキーベースのカクテルがドリンクメニューに並ぶ様は、日本人の目には逆に新鮮だ。
思い起こせばこの街には蕎麦の名店が昔からあった。かつてソーホーに構えていた「本むら庵」は多くの文化人や著名人に愛され、2007年の閉店の際は“本むら庵ロス”を巻き起こした。その後にオープンしたトライベッカの「松玄」は評判を獲得しながらも、2011年にクローズ。以来、地元ベースで展開する蕎麦レストランがニューヨーカーに蕎麦文化を伝えてきたが、この更科堀井の一大オープンで、久々に本格蕎麦ブームがやってきそうだ。
Reported by Yumi Komatsu
本記事は雑誌料理王国318号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は318号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。