<炎のキッチン>を率いる世界レベルのイギリス人シェフが、地元の未来に貢献


北ロンドンで生まれ育った生粋ロンドナーの気鋭シェフ、ベン・アレンさんは英欧の名店を渡り歩き、最終的に炎の使い手になった。自らの城を築き上げて半年。新世代のガストロパブ・キッチンを、直火で切り拓いていく。

「元有名店のシェフ」というだけで、そのシェフの転職先が大きな注目を集める現象は、近年のロンドンではよくある話だ。今年3月にオープンした「The Parakeet / パラキート」は、「元Bratのシェフによる新規店」ということで大々的にメディアの見出しを飾り、祝福とともに多大な期待を背負って立ち上がった。パラキートはヘッドシェフ、副シェフの両人が、Brat出身者なのだ。

現在のロンドンで実力と人気を兼ね備えた重鎮的な店のうち、2018年創業の直火焼きバスク料理レストラン「Brat」は、「ワールド・ベスト・レストラン」に現在UK勢トップでランクインしており、ミシュランの一つ星を保持する超人気店なので「元Bratのシェフ」と書き立てられるのは無理もないのだが、 パラキートのヘッドシェフ、ベン・アレンさん(Ben Allen / 写真下)は筆者のインタビューに対してこう教えてくれた。

「Bratでは多くを学んだし感謝している。でも僕たちが今パラキートで実現している全てが、Bratとは全く違うんだ。Bratでは主に直火調理の極意について学んだけれど、僕も副シェフのエドも、Brat以前はバスクと言うよりもヨーロッパの他地域の料理を経験してきたから、そっちの影響の方がむしろ強いと思っているよ」。

北ロンドンの住宅街にあるパブの厨房を担う。
英国レストラン業界誌「Restaurant」によって「英国で今注目すべきシェフ19人」に選ばれているヘッドシェフのベン・アレンさん。甘いもの好きであり、シェフとしての原点はパティシエ。
伝統とモダンがミックスした内装。セミ・オープン・キッチンの中には特注の炭火焼きグリルが設置されている。

パラキートは、英国らしい外食形態であるガストロパブのニューフェイスだ。ヴィクトリア朝時代から北ロンドンに佇むパブのオリジナル建築を改修し、伝統を継承した美しいダイニング・ルームが誕生した。レストランのようなテーブル・サービスを採用しているが、季節のメニューが手書きされた黒板にパブらしさを見て取ることができる。

パラキートの中心には、特注の炭火焼きグリルと薪オーブンがある。ガスは使わない。じっくりと、時に力強い炎で食材の持ち味を引き出し、スモークで香りづけする。生きた炎を操り、繊細な料理を創出していく工程に、ベンさんは魅了されるのだと言う。

彼は料理学校を出てすぐ、ウィーンの2つ星レストラン「Steireck’s /シュタイラーエック」に数年にわたって在籍した経験がある。ひと月以上かけてメニュー開発をする高級レストランだ。ここで最高の料理には季節の力を宿した食材が不可欠であり、ひいては生産者を見出す目と、彼らと良好な関係を築く能力が重要だと学んだ。優れた生産者から仕入れた食材は、一切無駄にしない。

濃厚なペコリーノ・クリームでいただくポロネギの一皿。炙って独特の歯ごたえに仕上げたキノコがアクセント。
トロトロのポレンタの上にはジロール茸とコーン、そして海藻をトッピング。優しい風味のブロスでいただく。
軽い燻製状態になるまで極めて繊細にスモークされたオックステールは旨味全開(右)。みずみずしい大根など季節の野菜とともに。

旬の食材、人と地球の共存を目指す生産者、炎の調理テクニック。これらがパラキートを構成する大切なエレメントだが、もっと注目すべき側面があるとベンさんは言う。

「このキッチンには、全員がロンドナーであること以外に共通項がないほど、多種多様な文化的バックグラウンドをもつシェフたちが働いているんだ。僕自身はロンドン生まれだけれど、カリブ圏のルーツがあり、例えばうちのコロッケにはそんな食文化も反映されている。この多様性に、すごく面白いことが生まれる土壌があると思う」

ミシュランの星を持つ世界レベルのレストランで働いたベンさんが今、この北ロンドンのガストロパブの中心にいる。これは近年もう一つの飲食トレンドでもある「地元回帰」現象の一つなのではないかと思っている。繁華街にあるストレスいっぱいのレストランで腕を磨いたシェフたちが、自分が帰属している地元に戻り、コミュニティに文化的な貢献をしていく。ベンさん自身は他メディアへのインタビューで「地元のパブで働くことで、もっと深くコミュニティに関わっていけるのが嬉しい」と語っている。

ポーチした柔らかなトラウトにはバターソースを。冒頭の写真は軽くポーチした美しい牡蠣。キュウリのピクルス+フェンネルの花を添えて。
ダークな色合いにステンドグラスの色彩が加わり、どこか聖堂のようにも見えるダイニング・スペース。

ベンさんの料理はいずれもリッチでふくよかで旨味にあふれ、自然のメリハリを愉しむ季節の味のショーケースだ。ヨーロッパ料理らしくたまたまクリーミーな皿が多めになってしまった中で、オックステールのサラダは際立っていた。少し甘みを感じる肉は軽く燻され素晴らしい風味。肉の間にはラディッシュや大根、ジェムレタス、カーボロネロ、キュウリなどが最高の状態で宝石のように添えられている。深みのあるビーフコンソメがまとめ役。肉とともに季節をいただく趣向である。

「パブの矜持」というのがある。パブで出す料理は、たとえガストロパブでもクールな表情の「ファイン・キュイジーヌ」になってはいけない。あくまでも「ホッとする料理」が基本。ゆえにその葛藤を、ベンさんはこう前向きに掬い取っている。

「個人的にはもっと複雑な料理にも挑戦したい。でもここはパブだ。お客さんが何を望んでいるか、僕自身よく知っているし、とても重要だよね。今は望まれるものに対して真剣に取り組んでいきたいと思っている」。

オープンして半年。パラキートの伸び代は果てしない。

The Parakeet
https://theparakeetpub.com

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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