大切なのはいい部分より悪い部分に気が付く客観性。「ペレグリーノ」高橋隼人さん


おいしさと人気を裏打ちするゲストのための配慮

 住宅街の1軒家の1階部分に、キッチンとたった6つの客席。イタリアンの名手として知られる高橋隼人さんが、理想的な空間を追い求めて作ってきたのがこの場所だ。基本の営業日は週4日間だが、ほとんどはリピーターの予約で埋まり、新規予約受付は月に1~2日のみ。しかし「予約が取れないというと店側がお客さまを選んでいるようにみえますが、そうではありません。ただ6席しかない店で、ただ以前より来たいといってくれる人が増えただけ」と高橋さんは話す。店の代名詞である生ハムは、希少なものを目の前で惜しみなく削り、おいしい部分だけをたっぷりと。その他にも目の前で伸ばすパスタなど、エミリア-ロマーニャ州の郷土料理の数々を一番おいしい状態で提供するのがこの店のスタイルだ。現在はワインペアリングやサービス料など、すべて込みで3万5000円からという価格設定だが、訪れた人々は口々に料理のおいしさとコストパフォーマンスを称賛する。だが、この店の最大の魅力はその実直さ、誠実さにある。たとえば、高橋さんは食材の火入れを最小限の火力で行う。食材の風味を損なわないためというのは後付けの理由で、実は狭い空間に集まったゲストが少しでも過ごしやすいようにという配慮からだ。

「自分の好きな食材を好きなように出すことだけがいいとは思いません。必ずお客さまを一番に考えたい」

考えるべきは食べ手のことそのために必要なのは客観性

 つねにゲストの立場を考えるということは、つねに自店を客観視することでもある。この店の厨房には壁にかけられた鍋も調味料の瓶も見当たらない。休日もメンテナンスは欠かさず、磨き上げられた壁やステンレスは移転時とほぼ変わらない姿を保つ。

「ほかの店に食べに行くと、どこもいい店だと思う分、よくない部分が逆に印象に残る。職業柄、料理人は自分がいいと思うことばかり店でやろうとしがちですが、食べ手が嫌なことをしないようにするほうが断然いい。だからいつも、客席から見えるところをいかに汚さないかを考えます」

 客観性を重視するのは食材も同様。以前は産直食材にこだわっていた高橋さんだが、最近は仕入れ方法に変化が。現在は築地へも足繁く通う。「馴染みの生産者さんから仕入れることが評価される風潮もありますが、それだと出来が悪くても付き合いで買うことになりかねない。今の日本の気候では、つねにいいものを生産するほうが難しい。いいと思えない食材を食べるのは、結局お客さまです」

 自分の店以上にゲストを慈しみ、もてなす。人々が再訪を熱望する理由は、そんなところにもあるのだろう。さて、「料理や空間の質を考えたら、もっと機材を充実させたい。数年後には移転したいけれど、出資者がいないから難しくて」と高橋さん。出資など引く手数多なのでは?と聞けば「なれ合いになるのは嫌だから、資金もすべて自分で出したいんです」。どこまでも正直で、潔いのだ。

黒鮑のロースト

低温で 20 分ほどボイルした黒鮑を軽く焼き、黒鮑の肝のソースを添えて。ソースの隠し味には、このひと皿とペアリングさせるバルバレスコを加えた。磯とバジルの香りが、さわやかな海風のように鼻孔をくすぐるひと皿。

「ボン・ダ・ボン」の「ペルシュウ」17ヵ月熟成

岐阜のパルマハム職人・多田昌豊さんが手掛ける生ハム「ペルシュウ」は、繊細なレースのように極限まで薄くスライス。口中で溶けるとともに、得も言われぬ豊かな香りと旨みが広がる。炊き立てのご飯に乗せて提供することも。

徹底解剖!予約の取れない理由

日本ではここでしか食べられない希少な生ハムも

パルマ産生ハム「アフィナート・イン・バリック」はワイン樽の中で熟成させるパルマ産の生ハム。年間で300本ほどしか生産されない希少品だ。「正直、『ペルシュウ』のような素晴らしい生ハムに毎日接していると、ほかにいいと思える生ハムが減ってくるんです。生ハムはもういいかなと思っていたときに出合ったのがこれ。世界にはまだこんな感動を与えてくれる生ハムがあるんだと、お客さまに伝えたい」。

毎回その場で刃を研ぎ調整する手動式の生ハム用スライサー

店内中央に鎮座するイタリア製スライサー。機械式ではなく手動式を選ぶのは、熱で生ハムが劣化するのを防ぐため。また熟成が進み石のように硬くなった生ハムでも、よく研いだ手動式であれば、なめらかな断面に仕上げることができるそう。「変にロゴなどが入っていないスライサーなのも決め手に。店名のロゴを入れるくらいなら、同じお金を空調設備に回します(笑)」。

シェフ自ら設計図を引いた劇場型空間

パルマ産生ハム「アフィナート・イン・バリック」はワイン樽の中で熟成させるパルマ産の生ハム。年間で300本ほどしか生産されない希少品他に類を見ない、全6席が1列に並ぶ特殊な配置。ぎりぎりの動線でも効率よく動けるよう高橋さん自身が設計図を引き、手を入れながら今の形となった。テーブルからキッチンの距離は約50cmで、シェフの一挙手一投足はもちろん、切り落とされた生ハムの香り、火を入れた魚や肉の香りまでもがリアルに感じられる間取り。ゲストたちは不思議な一体感を持ってコースを堪能する。だ。「正直、『ペルシュウ』のような素晴らしい生ハムに毎日接していると、ほかにいいと思える生ハムが減ってくるんです。生ハムはもういいかなと思っていたときに出合ったのがこれ。世界にはまだこんな感動を与えてくれる生ハムがあるんだと、お客さまに伝えたい」。

厨房機器も特注した無駄なくスマートな配置

キッチンを設計するうえで苦労したというコンロ。営業中は最小限の火しか使わないため、片側に鉄板を置き盛り付け台としても活用。ステンレスはつねにぴかぴかに磨き上げられている。

ジノリの上品な器が料理を引き立たせる

作家ものの器を特注する店も多いなか、食器類はほとんどがシンプルな「リチ ャード・ジノリ」。「皿に選ばれるようなことのない、皿と対等な関係の料理にしたくて」と高橋さん。


Hayato Takahashi
1978年新潟県生まれ。ワーキングホリデーで滞在したニュージーランドで料理に目覚め、都内や徳島県のイタリア料理店を経て28歳で渡伊。エミリア=ロマーニャ州の家族経営のリストランテで経験を積み帰国。翌年西麻布に「ペレグリーノ」オープン。2015年恵比寿へ移転。

唐澤理恵=取材、文 林 輝彦=撮影 

本記事は雑誌料理王国290号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は290号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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