「今行きたい、イタリアン10名店」『プリズマ』


青山の表通りから一本入った閑静な路地の奥。看板はなく目印は扉にそっと刻印された店名だけ。メニューはおまかせコースのみ。厨房にはオーナーシェフの斎藤智史さん、ただ一人が佇む。
〝ミシュラン二つ星を獲得する日本唯一のイタリアン〞として名を馳せるもその評価は歯牙にもかけない。「やりたいことが次々と生まれる」と日々前進し続ける〝孤高のイタリアンシェフ〞を訪ねた。

店名の刻まれた扉を開くと、客席と隔たりなくまっすぐにつながるオープンキッチンが自然と目に飛び込む。さっぱりと潔い大空間に設えるのはわずか8席。折りたたんで全開にできる壁一面の大きなガラス窓からの開放感あふれる客席で、
100年前のスピーカーから流れるヴァイオリンの美しい音色にゆったりと酔いしれる。



店は奥様とともに切り盛りされるが、厨房に立つのは斎藤シェフだけだ。仕込み、掃除はもちろんのこと、料理はデザートやパンまで自ら手がけ、音楽や調度品のセレクト、店内に飾る花でさえもシェフ自身が生けている。

「自分の手をかけていないものは出せない。自分の店ってそういうことでしょう」と店内の隅々にまで美学を宿す。斎藤シェフが孤高と称されるのは、ただ一人厨房に立つからではない。高い理想を追求し続ける実直で妥協しない姿勢こそが孤高たる所以なのだ。

白イカのインサラータ

今年コースに登場した新たな前菜。白イカに燻製をかけたフィノキオのクレーマを合わせ、イカスミのテーゴレで挟む。ピークの早い料理が楽しめるレストランの特性を意識した寿命数分のひと皿。「これは、まずどこで白イカを休ませるかが重要でした。僕が信頼する日本一の魚屋で1日休ませてから甘味が出てきた白イカを使っています」

作り出す料理には、豪華な盛り付けや流行りの食材は見当たらない。でも食べた人をうならせる、奥深い美味しさがある。料理の起因は、自分の中から湧き出る何か。

「その何かとは、例えばイタリアの古典や、幼少期の思い出、感銘を受けた映画や音楽。日々様々なものに触れて、心を動かされた経験の蓄積から、料理が生まれます」。
 
キャビアもビールも、既製品に納得できないからと自作する。「私が敬愛する、90年代に活動したロックバンド『フィッシュマンズ』は、メトロノームを自分たちで作った。音楽も料理も、自ら手をかけることでしか生み出せない作用が必ずあると思います」。



プリズマは、新型コロナウイルスが流行する前から、広々とした店内に8席だけ。その理由を聞くと、斎藤シェフが大切にする、スローフードの根源について話してくれた。

「現在ではスローフードという言葉だけがひとり歩きしている。でも本来は、自分の作ったものを隣人にわけるならどんなものを差し上げるか? という視点が根源にある。この店も、大切な人が来たときどんな風に過ごしてもらいたいか、という視点を大切にしています。すし詰め状態にはしたくないし、一人ひとりに100%の力を注ぎたいのです」。

キャビアと赤ワインソースのタリオリーニ

見た目から想像だにしない贅沢な味わいのスペシャリテ。長く愛されるメニューだが、常に進化し深みを帯びていく刹那のひと皿でもある。「キャビアは自分で作っています。既製品だと塩味が強すぎるので、味の輪郭が出せるぎりぎりまで塩を抑えます。そのせいだと思いますが、卵の膜が弱くなり、自重でつぶれてしまうことも。保存容器は平たいガラス瓶を使っていましたが、缶に変えてみるつもりです」と斎藤シェフ。追究はまだまだ続く。


レストランを営む目的は、斎藤シェフの場合、安住の地ではない。今の社会システムから逸脱しようと、斎藤シェフは迷わず、別のルートを突き進む。「このお店に来たら、ダメな社会の外側に、お客さんの意識を飛ばしてあげたい」と斎藤シェフ。

情報こそが重視される今の社会に、嫌気がさすことはないか。そんなときはここに訪れたい。本当に大切な事は何か、思い出させてくれるはずだから。

プリズマ
東京都港区南青山6-4-6
青山ALLEY 1F
TEL 03-3406-3050
18:30~(20:30LO)
火・水休

text: Yuki Kimishima photo: Gaku Yamaya


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