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成功への絶対条件3ヶ条 レストラン バスク 深谷宏治さん


3ヶ条その1:一度した約束はきちんと守る

人生の転機には、約束を守る、ということが大きな役割を果たしたように思います。

僕は料理人としてのスタートは25歳と遅いのです。元々、東京理科大学で電気工学を学び、研究者になるためにそのまま大学の助手をしていたのですが、ちょうど時代はベトナム戦争や安保問題が取り沙汰されていた頃。自分が社会にどんな貢献ができるかの意味を見出せず、仕事をやめてブラブラしていました。当時のことですから、同級生がどんどん結婚する中、モラトリアムな人生を歩んでいる僕に両親が痺れを切らし、故郷の函館から上京して「一体何をするつもりなんだ」と詰め寄られたのです。

そんな時に料理好きの母が、パンやお菓子を作ってくれた時の幸せな気持ちを思い出し、料理なら人を幸せにできると、とっさに「料理人になる」と答えたのが、そもそも料理の道を選んだきっかけです。

父は納得のいかない様子でしたが、母が「料理人になるのなら、ちゃんとした料理人になりなさい」と認めてくれました。それが、料理人としての最初の約束でした。

「ちゃんとした料理人はなんだろう」と考えた時に、頭に浮かんだのは、洋食でした。幼稚園の同級生の家が、老舗の洋食屋「五島軒」で、よく遊びに行っていましたし、家でも時々、ハヤシライスやポタージュを食べていた。函館は元々ハイカラな港町で、明治から大正にかけては、一般の家でもオペラが上演されたりと、西洋文化が根付いていたのです。そこで、東京の洋食店で働き始めたものの、化学調味料でブイヨンをとるようなやり方に納得がいかず、本物の料理を学ぶために、ヨーロッパに行こうと決めました。

バスク料理との出会い

日本で半年間フランス語を学んでフランスに渡りましたが、就労ビザも持たず、勢いで渡航したようなものでしたから、就職先など見つかりません。フランス中を周り、イタリアにも行きましたがやはりダメ。

あてもなく到着したスペインのサンセバスチャンの駅前のホテルのバーでワインを飲んでいると、そこの女主人が「サンセバスチャン の名物料理は、イカのイカ墨煮なのよ」と話しかけてきた。「函館にもイカの塩辛という名物料理がある」と答えたら「食べてみたい」というのです。酔っ払った勢いで「明日作ってあげる」と言ったのを、翌朝思い出して。


面倒な約束をしてしまったと後悔しましたが(笑)約束は約束ですから、市場でイカを買って、そのホテルに行くと、女主人がびっくりして迎えてくれました。「ちゃんと約束を守った誠実さに感動した」と言って、この街にはスペインで3本の指に入るシェフがいるから、そこを紹介してあげる、と紹介状を書いてくれたのです。

それが、私の人生を大きく変えることになる師、ルイス・イリサールとの出会いでした。母との約束がありましたから、手ぶらで日本に帰るわけには行きません。必死で働くと、どんどん任せて、教えてもらえる。とても良い環境でした。ルイスには、「君はもうバスク人だ、ずっとここに残って欲しい」と言われました。それでも、自分のルーツは日本。故郷の函館で店を開きたい、という思いで、帰国を決意しました。

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