食の未来が見えるウェブマガジン

成功への絶対条件3ヶ条 レストラン バスク 深谷宏治さん


3ヶ条その3:未来の役に立つ仕事をすること

バスクを初めて訪れた1975年は、ちょうどルイスを中心に、バスクの料理が変わり始めた時期でした。ルイスが「サンセバスチャン を世界一の美食の街にする」の目標を掲げ、料理人同士が意見を交換する勉強会を盛んに行い、次世代を育てるために料理学校を設立するなど、今や世界に知られる「美食の街・サンセバスチャン」を生み出す草創期を目の当たりにしました。函館にも、料理人同士の意見交換の場を作り、技術や文化を後世に伝えたい。それが、2009年に「世界料理学会in Hakodate」を始めたきっかけです。

また、その後もコロナ前は2年に一度スペインに渡っていましたが、バスクは平坦な土地が少なく、もともと城塞都市でしたから、ある意味マンションに住んでいるようなもの。家は寝に帰る場所で、皆で過ごす公共の場を美しく保ち、とても大切にしています。

例えば、サンセバスチャン の中心部には駐車場が見当たらないのです。4年間かけて、地下に駐車場を作り、電線も全部地下化しました。街の人は、「もう、100年何もしなくても大丈夫だ」と笑っているのです。1世紀先を見てまちづくり をする、そのビジョンの長さにも驚きました。そうして、美しい街を作っているから、サンセバスチャンの地価は、マドリッドと変わらず、スペインの富裕層の別荘地になっている。

函館にも、港町として栄華を極めた時代の歴史的な建物がたくさん残っていますから、それを大切にすれば、きっと素晴らしい価値が生まれるはずなのです。2004年に始めた「バル街」も、中心街に活気を取り戻したいと言う思いからです。コロナ前には、日本全国で200箇所を超える場所で、函館から生まれたバル街のアイデアが広まっていきました。こういったイベントを行うことで、自分たちの街をもう一度見つめ直し、もっと大切にしようと思うきっかけにもなると思うのです。

人が街を作り、街が人を作る。それをつなぐものとして、身近な「食」があって欲しい。そんな思いで様々な活動を続けています。母は2017年に亡くなりましたが、50年近く前に交わした「ちゃんとした料理人になる」という約束を、少しは守れているかな、と思っています。

2022年1月19日
text by 仲山今日子

ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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