夕暮れになると都会の路地裏にともるバルの灯り 。 テラス席での語らいが心地よい季節には、笑いや語らいの声も聞こえてくる。その賑わいに誘われて、今夜は「パイスバスコ」で地酒に酔ってみるか――。
ざわめきの理由は、ゲストたちが慣れない手つきでつぐチャコリであったりする。チャコリとはスペイン北部、バスク地方のビスカイコやアラバコ、ゲタリアコで造られる微発泡タイプのワインのこと。これを高い位置から、口が広くて底が平たいグラスめがけて勢いよくつぐ。こうすることで眠っていた香りの粒がはじけて酸味もまろやかになる。最初は店のスタッフが手本を示し、あとはゲストが自分でつぐが、グラスからこぼれたり跳ねたり、にわかに起こる笑いが酒の肴になる。
シェフの山田朋仙さんとともにこの店を経営する店長の工藤年男さんは、「チャコリはスペインの地酒で気楽に味わう酒。グラスからこぼれるくらいに勢いよくつぐのが粋とされているんですよ」。豊富に取り揃えたチャコリは「パイスバスコ」の看板のひとつだ。
このチャコリの味を引き立てるのが種近い料理。メニューは、「伝統的料理」「おすすめの料理」「オリジナル料理」に色分けされ、中には山田シェフが修業を積んだスペインの三ツ星レストラン「マルティンベラサテギ」の許可を得て提供している料理もある。この日、山田シェフが作ってくれた「フォワグラ、アナゴ、果物のミルフィーユ」もそのひとつ。スペインの三ツ星店の味が日本で堪能できるのもこの店の魅力だ。「バスク地方は世界でも有数の美食エリアなのに、日本ではまだあまり知られていない。料理を通して伝えていけたらと思っています」と山田シェフは抱負を語る。
工藤店長と山田シェフが共同経営者としてこの店をオープンさせたのが2年前。その時にふたりがイメージしたのは、飲食店が世界一密集しているといわれる、バスク地方のサン・セバスチャン通りだ。「銀座のこの界隈にバルが増えているのは、よい傾向だと思います」と工藤さん。自分の店の成功だけでなくエリア全体の賑わいを求める――この視野の広さが、「パイス バスコ」の熱気の源となっている。
[勧める人]株式会社グラナダ 代表取締役「レストラン サンパウ」等のオーナー 下山雄司さん
日本のスペイン料理店には、地方に根ざした店がまだ少なく、バスク料理のここは貴重。現地の三ツ星で修業したシェフは、フォワグラとアナゴのような新バスク料理も作れ、オーソドックスな料理も旨い。バスクの地酒チャコリも現地同様に専用グラスで飲めるのがいいですね。
パイス バスコ
Pais Vasco
東京都中央区銀座₇-₃-₁₆
03-6228-5601
● 17:30~翌3:00(翌2:00LO)
● 日休
● コース 3000円~ (バスク入門セット)
● 60席
http://paisvasco.jp
上村久留美=取材、文 大野利洋=撮影
オーナーの酒井涼さんは、「コース料理をウリにしたかった」と言う。どちらかといえば、ふらりと立ち寄るというより、ワインと食事を落ち着いて堪能したい人向きのバルだ。メインは5000円と7500円のコース料理で、アラカルトが楽しめるのは午後9時を過ぎてから。
「ひとりで切り盛りする小さな店だからこそ、コース料理もリーズナブルにできる」。料理の構成もよく考えられている。たとえば5000円コースは前菜2品と肉料理と米料理。前菜は現代のスペイン料理の流れを汲んで、軽めで見た目もモダン。
その代わりに肉や米の料理はクラシック。しっかり空腹を満たすだけのボリュームもある。
良質なスペインの食材を惜しげもなく使っており、料理の味もたしか。料理に合わせて数種のグラスワインが楽しめるドリンクコースがあるせいか女性客も多い。わずか8席の店に、ずらりと並ぶ大小さまざまなワイングラスからも、酒井さんのこだわりがうかがえる。常連客からは「料理教室を開いてほしい」との要望も。
「そんな試みも楽しいかも」と前向きに検討中。酒井さんは、毎年2週間ほどスペインを旅する。頭の中には、体験から得た未発表のアイディアがたくさん詰まっている。
[勧める人]「(有)ワイナリー和泉屋」オーナー 新井治彦さん
インポーターという仕事柄、ワインのサーブの仕方が気になります。その点、酒井さんは酸味やコクなど、ワインの特長をよく理解して温度管理もしっかり。最高の状態で出してくれるのが嬉しいですね。
アルドアック
Ardoak
東京都渋谷区上原1-1-20 JPビル2F
03-3465-1620
● 18:00~23:00LO
● 水休
● コース 5000円、7500円(料理に合わせて、ワインをグラスで味わえるドリンクコースは5000円~)
● 8席(カウンターのみ)
http://ardoak.blogspot.jp/
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
「独立するなら絶対バル。バルなら絶対、路面」。スペインのバルとサッカーをこよなく愛する今村真シェフがオープンした「バルマコ」は、牛込神楽坂駅から徒歩2分の大久保通り沿いにある。店に入るとスタンディングバーが出迎え、勢いよく奥に伸びる木目の長いカウンターが目に入る。立って一杯、座ってじっくりと、と自由なスタイルで楽しめる。「できるだけ敷居を低くして、ふらっと一杯、立ち寄れるバルを神楽坂に作りたかった」。しかし“ふらっと”にしては、出てくるタパスがまた旨い。その秘密は約年に1回のバスクへのタパスの旅。現地で「美味しい」と思ったものは材料だけを聞いて、あとは日本で組み立てる。「それでも日本人の口に合うようにと意識することはありません」。目指すのは、あくまでも現地で食べた“あの時の旨さ”。「赤ピーマンの詰めものサルサビスカヤ」には、ソースとバランスがいいのではと芝エビを加えた。「できるだけ本場の味に近づけますが、僕はスペインで修業しているわけではないので、自然に日本人の口に合うようになるのかも」。今村シェフを通して表現されるスペインの味とバルマコのライブ感の調和で、スペインワインが「もう一杯」飲みたくなる。
[勧める人]「バニュルス 上野店」店長 納堂友幸さん
臨場感溢れるカウンター席は、本場のスペインバルの雰囲気を存分に味わえます。スペイン伝統の定番タパスの他、旬の食材を使ったシェフ特製のタパスがお手頃価格で楽しめ、タパスの神髄を堪能できます!
バルマコ
Bar Maquó
東京都新宿区細工町3-16 北町ビル1F
03-3266-5741
● 18:00 ~ 24:00
● 月、月1回日曜、年末年始休ほか
● カウンター10席、テーブル4席分が2テーブル
料理王国=取材、文 大野利洋=撮影
「サルイアモール」は、日本初のアロセリア(米料理専門店)として、2012年にオープンした。オーナーシェフの宮崎健太さんは、スペイン修業中にマドリードの米料理専門の料理屋アロセリアでさまざまな米料理に出会い、その魅力にとりつかれたと言う。
「スペイン17州には、それぞれの地方色を活かした米料理があり、具材やダシの取り方など、地域や時代によって異なる。個性が強いからこそおもしろいと思った」と語る。
店では6種類のパエリアのほか、リゾットに近い汁気のある米料理「アロス・メロッソ」など約10種類の米料理とスペイン各地の郷土料理を提供する。米料理は、バレンシア地方の伝統的なウサギと鶏肉のパエリア、ムルシア地方の小エビのカルデロなど、アロセリアならではのメニュー揃えにもこだわる。
「スペインでも古い郷土料理が失われつつある今、現地で培った料理をこの店で伝えられたら」と宮崎さん。スタッフは全員スペイン語が話せる。活気あふれるスペインそのものといった空間も魅力的だ。
[勧める人]「小笠原伯爵邸」料理長ゴンサロアルバレスさん
オーナーのガルシアさんのお父さんと知り合いで、オープン当初から通っています。米料理は「オマール海老のカルドソ」が絶品! イベリコ豚やモルシージャ、タコのガリシア風もおいしいですよ。
アロセリア サル イ アモール
arroceria Sal y Amor
東京都渋谷区代官山12-19 第3横芝ビルB1F
03-5428-6488
● 17:30~24:30(23:00LO)
● 月休
● アラカルト700円~
● 33席
http://salyamor.com
小林薫=取材、文 大野利洋=撮影
「スペイン人の『楽しく、おいしく』という精神が好き」と、オーナーシェフの作元慎哉さんは言う。スペイン料理と出会い、「素材、オイル、塩」の3つだけでとてもおいしい料理が作れることに感動したのが、この道に入るきっかけだった。
「スペイン料理は、家庭料理や地方に伝わる伝統料理が源流。日常生活に密着した料理だと思います。ですからウチの店でも、難しく考えず、『楽しくいただける料理』をモットーにしています」
とはいえ、開店当初からワインにはこだわった。スペインワインばかり、300〜400種を揃える。「日本にも、コストパフォーマンスのいいスペインワインがたくさん入るようになりました。多くの方たちに、もっとスペインワインのおいしさを知っていただきたいですね」「エルブリ」のような前衛的な料理に憧れた時期もあった。
「でも今は、素材の持ち味を生かした、分かりやすい料理が基本です」
[勧めるシェフ]「山田チカラ」オーナーシェフ山田チカラさん
西麻布の幹線道路から少し奥に入ったところにあり、スペインバルの気軽さと、レストラン的な質の高い料理の両方が楽しめるお店。スペインワインの品揃えが豊富で、料理がおいしいのも魅力ですね。
フェルミンチョ
Fermintxo
東京都港区西麻布1-8-13
03-6804-5850
● 18:00~24:00(土17:00~23:00、 LOは各1時間前)
● 日休、 不定休
www.fermintxo.com
山内章子=取材、文 佐々木実佳=撮影
本記事は雑誌料理王国第238号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第238号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。