食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

アジアの発酵、日本の発酵#1


フォトジャーナリスト・森枝卓士にインタビュー

発酵はアジアと日本の 食文化OSである
日々の食を支える基礎構造としての発酵を、日本、そして日本をふくむアジアというスケールで考えてみるため、アジアの食文化に詳しい森枝卓士さんに話を聞いた。立ち上がってきたのは、魚醤文化、穀醤文化、うま味文化というキーワードだ 。

PROFILE
森枝卓士(もりえだ・たかし)
熊本県水俣市生まれ。水俣病の取材に訪れたユージン・スミスの影響で写真家・ ジャーナリストに。『カレーライスと日本人』『干したから…』ほか食文化に関する著作多数。大正大学客員教授。

発酵が食文化の基礎構造を支える

発酵がブームだ。腸活や麹の流行から、ガストロノミーの世界まで、昨今「発酵」 がトレンド的に意識されることは少なくない。しかし、日本人が日々無意識に口 にする醤油、味噌、みりん、酒といった 当たり前の発酵食品はトレンドとは関係 なく、長らく食文化の基礎構造を支えてきた。まさに「OS」のような存在に思えてくる。視野をアジアに広げれば、発酵調味料 や麹の存在は、日本だけでなく東アジア~東南アジアの広い地域に共通する食文化だ。次ページのコラムでアジア各地の「魚醤」「穀醤」「納豆」「麹」について解説したとおり、アジアの発酵食品は、その根本に共通性があり、細部にそれぞれの文化的・地理的要因による差異を持つ。まるで同じ OS から派生した別ver.を、それぞれの地域で使っているかのように。アジアと日本の食文化をOSのごとく支える発酵。その相関性について、アジアの食文化に詳しい写真家・ジャーナリストの森枝卓士さんに聞いた。

水田漁業が、魚醤文化の根本

まず、昨今の「発酵ブーム」について 森枝さんはどう感じているのか。「発酵のようなスペシフィックな領域でないと新しい発見はない時代なのだろうし、あるいは原点回帰かもしれない…。どちらとも言えそうですね」 まさに、原点回帰的でありながら、関連分野をなぜか深掘りしたくなるのが発酵だ。さっそく「アジアと日本の発酵」というテーマを投げかけると、東南アジ アから見れば、その構図がわかりやすい、という話をしてくれた。「まず、東南アジアの食文化の特徴のひとつは、魚の発酵食品の世界だということ。つまり魚醤の類が多い。そして、その根底にあるのが水田漁業です」 水田漁業とは、雲南省など中国西南部から東南アジアのメコン川流域にかけた地域で行なわれてきた、稲作と淡水漁業 がセットになった生産様式で、食文化研究で知られる民俗学者の石毛直道氏が提 示した視点だ。 同地域で大規模な稲作が始まり、灌漑用水が引かれると、川や湖から小魚が大量に水田に入ってきた。稲が天敵から守ってくれる好環境で繁殖した小魚は、米の収穫時期に水田から水が抜かれると、一度に大量に捕れる。それを保存するため塩漬けにして発酵させたのが魚醤のルーツで、同じ水田で収穫された米を 加えて乳酸発酵させたものがナレズシの類だ(魚醤、ナレズシの分類については、P70の図を参照)。

東南アジアの魚、東アジアの大豆

「つまり、東南アジアでは古くから米と魚がセットになっていて、そこから魚醤 やナレズシの類が発達した。一方、東アジアで、米や麦などの主食とセットに なっていたのが何かといえば、大豆などの豆ですよね。『あぜ豆』って聞いたこ とありますか?」戦前までの日本では、田んぼのあぜ道 を利用して大豆が栽培されていたそうで、それが栽培環境としても理にかなっていた。つまり日本では古くから、米と 大豆がセットになっていたのだ。こうした大豆からつくる味噌や醤油などの「穀醤」が、東南アジアの魚醤のように広まったのが東アジアである。もちろん、秋田のしょっつるなど日本 にも魚醤はあり、韓国のキムチの材料にも魚醤の類は必須だ。魚醤、穀醤を使う地域と文化は、細かく見れば複雑に入り組んでいる。とはいえ大きな流れとして、東南アジアでは魚醤が、東アジアでは穀 醤が支配的発酵調味料として発展したと言える。そうなった理由のひとつに、森枝さんは気候の違いがあるのではないかと考えている。「穀醤の発酵にはある程度の温度管理が必要で、それが東アジアの気候に向いていたのではないか。魚醤はそれほどデリケートではなく、熱帯の暑さのなか放っておいても、それほど問題はないということがあります」魚と大豆には互換性、類縁性がある。 ともに重要なタンパク源で、発酵すればグルタミン酸が生じ、うま味豊富な調味 料として料理に多用される。米と魚の魚醤文化圏である東南アジアと、米と大豆の穀醤文化圏である東アジアは、ともに「うま味文化圏」でもあるのだ。

text ワダヨシ(ferment books) photo 森枝卓士

本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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