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【100年後も語り継がれるスペシャリテ1】 川手 寛康氏「鰯」×「SAKE HUNDRED/天雨」


トップシェフたちが作るスペシャリテ。完成するまでには、試行錯誤と努力の日々がある。匠と思いが具現化した一品。だからこそ、その傍らには、日本が世界に誇るラグジュアリーな日本酒「SAKE HUNDRED」がふさわしい。美酒とともにスペシャリテの裏側にある物語を開いてみよう。

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川手 寛康 氏(フロリレージュ)
※プロフィール ※店舗紹介

自分の中にあるフレンチ


「12年前、この場所に移転する前の自分のスペシャリテはフォワグラでした。でもきっぱりやめたんです。早い段階で輸入食材も使わなくなった」。
料理人一家に生まれ、周囲にも料理人が多く、生まれたときから料理は川手シェフの身近にあった。料理の世界に進むことは自然なことで、その中で選んだのがフレンチだった。目指すべきは王道。クラシックなフレンチレストランで懸命に働いてきた。しかし、変化が訪れる。


「独立前、最後の仕上げとして『カンテサンス』で、3年半“二番”をやらせてもらっていた時ですね。あ、フランス料理ってより自由なステージに入ったんだな、と感じて。だったらより自分がやりたいことに進んでいこう」。
フランス料理だからクラシックだけを作り続けなければいけない、ということではない。自分の中にあるフレンチを表現すればいい。


「見た目はあくまでもフレンチ。味わいは日本の懐かしさ。自分の土台を考えれば日本というものしかない。自然に作りたいものがそうだった。時代も向いていたのかもしれませんし、それ以上に自分自身が楽しみながら作れていた。それがあって、今がある」。

シンプルに伝えるための複雑


そこから「鰯」というスペシャリテは生まれた。料理名は書き間違いではない。「鰯」、イワシ。実にシンプル。見た目もシンプル。しかし、白い新生姜のクリームの中には、「とんでもない食材の数」が入り、それがフレンチの技巧と緻密さによって凝縮される。そのうえで味わってみると不思議に「日本の懐かしさ」が感じられるのだ。


「鰯、生姜、そして海苔といった食材もそうなのですが、柑橘なども日本人がもともと持っている郷愁を感じさせるものだと思います。そういった味わいを織り込んでいます」。清涼感、うま味、凝縮した中からあらわれる磯。そのどれもがどこか懐かしい。しかし、例えば磯ならその懐かしさはありながらもリゾートであり、懐かしい柑橘も最新のグラニテでもあるような新しさや洗練がある。感嘆とともに、癒し。


「ただフレンチだからショーフロワの技法を使う、ゼラチンクリームを使うということではなく、より意味のあるものに置き換える。食材のコントラストはもちろん、そこにもフレンチを日本でやる必然性を込めたい」。
シェフの料理は、イノベーティブだといわれる。しかし、それは単に革新的、目新しさ、というものではない。イノベーティブという言葉は、クラシックに対しての抵抗、反抗ともとれるが、「鰯」に象徴される川手シェフの料理は、違う角度からクラシックに光を当て、その魅力を再認識させたうえで、新しいものを提案する。これを結び付けるのが「日本的な郷愁」というわけだ。
 

余韻で終わらない、その先の世界


さて「鰯」にはどんな酒を合わせるのか。選ばれたのは「SAKE HUNDRED」から「天雨」。川手シェフは「天雨」についてこう評する。
「ただ球体としてまとまりがあるという日本酒ではなく、バランスがありながらもそれぞれの要素の特徴がしっかり感じられます。そして生酒の中でも“ぴっちぴち”。でもそれは、言葉として合っているかどうかはわからないのですが、“よりグレードの高いフレッシュ感”。単なる快活さじゃない。フレッシュさが勝ってしまうと軽くなりすぎるけれど、骨格もある」。


 フレンチと日本の懐かしさ。これを取り持つために日本酒は大切なピース。川手シェフが「すぐにこの組み合わせが浮かんだ」というのも、普段からの日本酒とのペアリングの経験に裏打ちされたロジックとセンスのなせるものだろう。


「鰯は一癖二癖ある魚じゃないですか。いかに“フランス料理でございます”っていうまで引っ張っていくのはかなり至難の業。なんですけど、まずは自分の技術として、マリネをしたり、ショウガを使ったり、一皿の中にいろいろな技術を使う。そこに、最後の“調味料”として日本酒がある」。

シンプルに見えながらも複雑な「鰯」。日本酒も同じように旨さやバランスの良さ、フレッシュさという明快なものだけではなく、複雑な要素を感じられるものであるべき。「天雨」にはそれがあった。

「臭みや脂をきれいに洗い流してくれるけれど、逆に浮き立たせてもくれる。矛盾と思えるけれど、日本酒のペアリングの魅力ってその矛盾の中にもあると思うんです」。
補完、強調、相互作用。ペアリングにはいくつかの目的があるが、矛盾を楽しむ、というのも愉しいものだ。「鰯」と「天雨」の組み合わせでは、脂をきれいに洗い流した後、余韻の中に、鰯らしい野趣と複雑なうま味がふっと現れてくる。この余韻の先がたまらない。そこでもまた、シンプルに見えて複雑に丹念に手をかけたことがじっくりと理解できるのだ。

「魚介に合う、ではフレッシュな酒、ではつまらない。それなりに複雑な日本酒でなければいけない。ワインに比べれば日本酒の要素は個数として少ない。でもワインにはない香りや味わいがあります。ワインと料理が合わせやすいのは、動物性のうまみ成分がのっている場合。これはワインがとてもいい。でも私の料理は、ソースから2歩引いたようなスープの感覚なので日本酒との協調性が高いんです」。
カクテルペアリングなど実験的にも見える試みを、自然な形で行ってきた川手シェフ。ワイン、日本酒、リキュール、焼酎、ウィスキー…。そもそもペアリングに垣根はない。

「オタク気質なんですよ(笑)。どっぷりはまっちゃう。長く料理をしていて、ワインのペアリングの限界値を感じてしまったことがあって。その時、日本には日本酒があるし、いろいろなものをとりこんでいって、自由なペアリングをしていったほうが楽しく向き合えるんじゃないかなと」。
 日本酒とのペアリングにどっぷりはまった。そこには自由さがあって、一方でだからこそのこだわりがある。川手シェフの哲学がシンプルな見た目の中にぎっしりと詰まった「鰯」と「天雨」の組み合わせから、そのこだわりが見えてくる。

「天雨」の詳細はこちら https://sake100.com/item/tenu/latest

取材・文=岩瀬大二 写真=よねくらりょう


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