「ホテル ニューオータニ」で毎回好評の企画、世界で活躍する日本人シェフフェア「THE GASTRONOMY」。2018年に行われた第5弾では、パリを拠点に活躍する若手シェフ3名守江慶智さん、北村啓太さん、渥美創太さんによるコラボレーションが実現した。イベントにかける思いからパリでの近況に至るまで、三者三様の思いを尋ねた。今回は、守江慶智さんインタビューをご紹介します。
今回のイベントに参加した3名のシェフの中で唯一、オーナーシェフとしてパリに自分の店を持つ守江慶智さん。「ローベルジュ・デュ・キャンズ」で3年半シェフを務め、昨年10月、パリ6区にレストラン「Yoshinori」を開店している。今回のイベント参加のため、パリでは北村さん、渥美さんと5回ほど会ってディスカッションを重ねたそう。「僕は食べ手が飽きないよう全体の流れがストンと落ちるように意識しました。結果的に普段作っている料理をバージョンアップさせたもの、意見を出し合う中で新しく生まれたものも含まれるコースになりました」
守江さんはランチで3品、ディナーでは5品を担当。
「今回はホテルの厨房という、普段とは違った環境で料理を作るため、パリから連れてきたスタッフにもよい経験になったと思います」
自分の店を持った今、守江さんは後進の育成にもより意識を向けるようになったという。
「今回用意させていただいた料理に『白子黒トリュフホワイトアスパラガス』というものがあります。これは修業させていただいた「コート・ドール」の斉須政雄シェフの『白子のパイ包み』がベースです。それも元はパリにある『トリュフとフォアグラのパイ包み』から着想を得ているものですし、フランスでの10年の経験にプラスαしつつ、ホテルのスタッフの皆さんと作れるものがよいと考えました。一度にたくさんの数を作ることになるので、この機会にうちのスタッフに覚えてもらって、今度は彼らがシェフになった時に、また次の世代へと伝えていってほしいと思うんです。料理は誰かが作り続けないと残っていかないものなのですから」
守江さんにとって、独立して自分の店を持つことは、夢から目標へと変わり、今では通過点としてステップのひとつに過ぎないと捉えている。「27歳でフランスに渡った当時は、28歳で独立することを目標にしていたんです。でも今となっては年齢は関係ないと思うようになりました。早ければよいとか、遅いのが悪いとか、そのどちらでもなくて、人それぞれのベストなタイミングがあるのかな。僕の場合、パリでは最初からシェフ。
11年間ずっと。だから周囲からは『やっと自分の店を持てた』というイメージが強いようです」
守江さんの料理は、独創性という言葉で表現されることが多い。しかしながら、自身では特に独創的であるという認識はないのだという。
「最初からガストロノミーの店でシェフをしていたわけではなく、試作を重ねたり、いろんなところへ足を運んだりして自分のスタイルというものを築く期間が長かったんです。どこから明確に影響を受けているとか、どこかの店の料理をそのまま持ってきているわけではないので、そういう面で僕の料理には人とは違うニュアンスがあるとは思います」
ニンジンのピュレひとつにしても日本で作るのとフランスで作るのとではまったく異なり、同じように作っても作れない。それには経験が必要で、慣れるまでにも時間がかかる。
「そいうことが当たり前にできるようになって初めて、自分のスタイルというものが少しずつ完成されていくものだと思うんです」
独立後、料理では自分のスタイルを貫きつつも、オーナー業が加わり、仕事のやり方そのものを変える必要に迫られたという。
「海外で自分の店を出すということは、初期費用も日本の倍はかかるでしょうし、オーナー業が加わると全部を自分でこなすことはできなくなります。店をよりグレードアップさせていきたいですし、今はシビアな環境にありながらも、日々成長の機会をもらって楽しんでいますね」
田中英代=取材、文 小寺 恵=撮影
本記事は雑誌料理王国第286号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第286号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。