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【レストラン カンテサンス】トップシェフがたどってきた道 岸田周三さん

レストランカンテサンス岸田周三さん

「フレキシブルに満点以上をめざせ」
バルボさんの教えがDNAに

 フランス料理を伝統と革新の両面から学び、31歳でシェフに就任。わずか1年半でミシュラン三ツ星を獲得した岸田周三さんは、料理人にとって憧れの存在となり、星付きレストランを経営する弟子も輩出している。高い技術と知識、信念を持ってフランス料理のエスプリを自らの料理に投影する岸田さんのDNAは、どこから来て、どう受け継がれようとしているのだろうか――。

レストランカンテサンス岸田周三さん

パスカル・バルボ氏に 学んだ「料理の本質」

「ふざけるな、こんなものがお客さんに出せるか!」
場所はパリ16区の繁盛店「レストランアストランス」。オーナーのパスカル・バルボさんは声を荒げて、研修生の岸田さんがローストした魚を捨てた。12年ほど前の光景――。今は三ツ星シェフの岸田さんにも、こんな時期があった。

この頃、岸田さんはフランスの三ツ星店で働いていたが、「アストランス」でも修業したいと思い、何度も願い出て研修生になった。2カ月の研修期間が与えられ、バルボさんのお眼鏡に叶えば、正式にスタッフとして雇ってもらえる約束だった。「三ツ星店の仕事をそつなくこなしてきたのだから、一生懸命がんばれば、きっと認めてもらえるだろう・・・・・・」と、岸田さんには多少の自信があった。だが、厨房に入ってみると、叱られてばかりの日々。

朝は誰よりも早く出勤し、バルボさんが来る前に、与えられた仕事はすべて済ませておくように心がけた。バルボさんのやり方をくまなく観察し、メモを取って復習もした。魚の焼き方にしても、前日のバルボさんの技を寸分たがわず再現してみせたのに、なぜ捨てられたのか――。

レストランカンテサンス岸田周三さん
「甲殻類を使った四角いソッカ」。ヒヨコ豆が原料の「ソッカ」は南仏の料理で、クレープ状にするのが一般的。岸田さんはこれを四角に成型することで、これまでとは違った新しい食感を生み出している。

師と仰ぐなら高みをめざしている人がいい。
「悔しいけれど、すごい」と思える人が、自分を成長させてくれる人です。

「あなたがしたこととまったく同じことをしたのに、何がいけないのですか」。たまりかねて訊ねる岸田さんに、バルボさんが理由を説明した。「昨日の魚と今日の魚は別物じゃないか。同じように調理すれば似たようなものはできるかもしれない。でも、私たちがめざすのは、満点以上のものなんだ。素材を見極めるフレキシブルな眼と姿勢を身に付けなさい。料理人はロボットではない。一連の決まった動きをするだけなら、料理人とは言えない」

納得のいく答えだった。能率を上げるためにいろいろなものを仕込んでおく店は多いが、「香りや味が損なわれるから」と、バルボさんは認めない。作り置きとの違いを実感させようと、スタッフに食べ比べさせることも少なくなかった。作り手の手間は度外視。「料理の本質」や「本当においしいものとは何か」ということを、岸田さんは学んだ。「アストランス」では6名ほどの調理スタッフが一丸となって、一ツ星店でも三ツ星店に負けないほど完成度の高い料理を作っていると、岸田さんは感じていた。

2カ月後、岸田さんは正式にスタッフとして迎えられ、翌年にはスーシェフになった。岸田さんがバルボさんに師事したのは丸3年。その間、多くの研修生が修業に来たが、研修生から正社員になった人がひとりもいないほど狭き門だった。

恩師の中に見たアラン・パッサールの魂

「素材の重視」「火入れの追求」「味付けへの配慮」ーーこの3つが岸田さんの料理の基本。バルボさんから学んだことの、どれが欠けても思い通りには仕上がらない。「もっと高みをめざせ」と注意された火入れはもちろん、バルボさんの素材の扱いや選択には愛情があった。

ある日、市場からアーティチョークを抱えて帰ってきたバルボさんは、厨房に入るなり、「見てくれ、このアーティチョークのおいしそうなこと!どうやって料理をしたらいいかなぁ」と無邪気な笑顔を見せた。かと思えば、肉を焼いた後の肉汁を見つめ、「なんてうまそうなんだ! パンに付けて食べてみようよ!」と呼びかける人でもあった。

頭の中は料理のことでいっぱい。「ゲストにおいしいものを食べさせたい」という情熱は、バルボさんが作る料理からヒシヒシと伝わってくる、と岸田さんは言う。

レストランカンテサンス岸田周三さん カモとピーカンナッツのクレープ
昨年のアンドレ・チャン氏とのコラボレーションディナーで、岸田さんが作った「カモとピーカンナッツのクレープ」。「岸田さんにしては珍しくたくさんの食材を使い、テクスチャーに幅を出した挑戦のひと皿」と、アンドレ氏も絶賛した。

素材に敬意を払うのはバルボさんの教え。新しい食材を探さなくても使い慣れた食材の奥からも新たな魅力が発見できます 。


「素材に敬意を払うという姿勢は、師であるアラン・パッサールさんの影響が大きい、とパスカルは言っていました。それまでは地方のレストランでしか働いたことがなかったので、パッサールさんによって開眼させられたのだと思います」
素材を見極める眼を持ち、火入れの魔術師とまで言われたパッサールさんのDNAは、バルボさんから岸田さんへと受け継がれたのだ。

弟子に伝えたいコミュニケーション能力の重要性

フランスから帰国し、「レストランカンテサンス」のシェフになって今年で10年。修業時代から変わらぬストイックさで厨房に立つ岸田さんを支えてきたものは何なのか。常にどのようなことを心掛けているのだろうか。

修業中はいろんなことで怒られて落ち込むことも多く、なぜ注意されたのかわからないこともある。そんな時にただ謝るだけで事をやり過ごしていてはいけないと岸田さん。「大切なのは同じミスを繰り返さないこと。ですから、もし何がだめだったのか、自分のどこが間違っていたのかわからないのであれば、積極的に質問する必要があります。また、改善案を提案するのにも必要なのがコミュニケーション能力。成長するに当たって必要不可欠な能力です」
どちらかといえば寡黙なタイプの岸田さん自身、スタッフとのコミュニケーション時には意識して滑舌よく、誤解を生まない言い回しで話すなど努力している。

「この日までにこうなるんだと目標を定め、細かくデッドラインを引くことも大切です。〝いつか自分の店を持ちたい〟と言う人がいますが、〝いつか〟なんて漠然とした目標は、ないのも同じです」

「30歳までにシェフになる」という目標こそ1年遅れたが、「岸田周三の目標」は、ほとんど前倒しに進んでいる。すぐれた料理人としてのDNAは、たゆまぬ努力によってようやく引き継がれるものなのだ。

三ツ星ガストロノミーを率いる岸田さんの今後の目標は、料理のクオリティを落とさないよう精進しつつ、料理界全体の発展を視野に入れて弟子たちを育てていくこと。昨年は、フランス時代、一緒に働いたアンドレ・チャンさんとコラボレーションを行い、互いに良い刺激を受けた。将来はカンテサンスの卒業生たちとのコラボや、卒業生同士のコラボなどもできたら、と思い描く。
岸田さんが真剣勝負をする限り、料理のDNAは、徐々に、確実に、若い料理人にも広がり続けることだろう。

レストランカンテサンス岸田周三さん 黄ニラとタルティーボ
黄ニラとタルティーボ
「食材の新しい一面を発見して、これまでにない組み合わせを考えることも重要」とのバルボ氏の教えに従って考え出した料理。フランス料理ではあまり使わない黄ニラとイタリア産のタルティーボの組み合わせは新鮮。どちらも生ハムを湯がいたスープに入れてさっと火を通し、冷まして味を含ませる。ビーツ、ホワイトセロリ、カラシ菜のほか、カモとイベリコ豚の生ハムを添えて。
レストラン カンテサンス Restaurant Quintessence 岸田周三さん

レストラン カンテサンス
Restaurant Quintessence
品川区北品川6-7-29
ガーデンシティ品川御殿山1F
03-6277-0485
03-6277-0090(予約専用)
● 12:00~15:00 (13:00LO),18:30~23:00 (20:00LO)
● 日曜を中心に月6日休
● コース 昼9500円~、夜20000円~
● 30席
www.quintessence.jp


上村久留美=取材、文 星野泰孝、富貴塚悠太=撮影 
text by Kurumi Kamimura photos by Yasutaka Hoshino, Yuta Fukitsuka


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