【全皿掲載】食の未来を展望する世界で活躍する日本人シェフThe Gastronomy第11弾【佐藤伸一シェフx 高田裕介シェフ】


2021年2月26日〜28日、ホテルニューオータニ(東京)内の西洋料理「ベッラ・ヴィスタ」を会場に、フランスで日本人初の二つ星を獲得した、佐藤伸一氏、ミシュラン二つ星、去年のアジアのベストレストラン50で「シェフズ・チョイス賞」を受賞、トップ10に入るなどでも注目される、大阪の「ラ・シーム」シェフの高田裕介氏とのコラボレーションが行われた。

佐藤氏と高田氏は10年以上前にパリで出会って以来の付き合いで、プライベートでも親しいが、コラボレーションは初の試み。シグネチャーのアミューズ1皿ずつを除き、全てが「2人で一緒に作り上げた皿」となった。

共に1977年生まれ、ミシュラン二つ星フレンチなどの共通点がありつつも、一方で、北海道・十勝平野の只中の帯広で生まれ育ち、パリで料理をしてきた佐藤氏、海に囲まれた、鹿児島県・奄美大島育ちで、日本で料理をしてきた高田氏と、正反対のバックグラウンドを持つ。

それと同様に、二人とも、「最優先するのは、味」と口を揃えるが、それに対するアプローチはある意味対照的だ。

お互いのスタイルをどう思うのか、語ってもらおう。

一つの食材の内側を探究し、切り方や加熱などで全く違う仕上がりになる職人仕事を突き詰める佐藤氏を「徹底的に素材の最高の味を突き詰め、引き出す天才」と高田氏が評すると、アーティスティックなプレゼンテーションと遊び心あふれる組み合わせで知られる高田氏の「自由な発想力と技術力の高さに憧れます」と佐藤氏。

食材という料理の根本の部分に色々な調理方法を当てはめて、目の前にある最上の食材のどの面をどう表現するのか、ある意味「素材の内側」を突き詰めて考えるストイックなスタイルの佐藤氏に対し、高田氏は独自のバランス感覚で「誰もが食べたことがない」驚きのある組み合わせを表現し、新しい魅力を加える。

「おいしい」の追求に、ある意味正反対のアプローチを持つお互いへのリスペクトが形になったコラボレーションだ。

11月から打ち合わせを重ね、2月中旬には4日間に渡って大阪のラ・シームの厨房を訪れて試作を行った。二人が大切にしたのは「季節感」。並ぶ食材は、今の時期を感じるものばかりで、中でも注目はこの時期ならではの山菜使いだ。「苦味、えぐみのある山菜は、フランスのミネラル豊富な野菜やハーブと同じような力強さがあり使いやすい」と佐藤氏。ありとあらゆる山菜を取り寄せ、2人で主役の春の食材との相性を徹底的に比較し、試作を繰り返した。

また、着席すると渡される、封筒に入ったメニューカードも、両シェフの表現方法の違いが際立っている。

封筒の中の最初の1枚目は、全13皿に使われる食材のみが記されたシンプルなもので、高田氏の「ラ・シーム」のメニューを思わせる。その後、佐藤氏による一皿一皿の調理法、食材を網羅した説明が7枚続く。ある意味、右脳的な高田氏に対し、左脳的な佐藤氏ということができるだろうか。対照的な2人の才能が極上の食材に向き合った、3日間限定のコース。その全皿を、紹介していこう。

◎ブーダンドック 菜の花 九条ネギ イカ

竹炭を使った生地の中にブーダン・ノワールを閉じ込めた「ブーダン・ドック」、菜の花の辛子和えを思わせるような味わいに、削りかけたカラスミが日本の出汁の印象を増幅する「菜の花のタルト」、メインディッシュで提供される尾長鴨のもも肉をコンフィにし、九条ネギや菊芋と合わせてから、スパイスの効いた滑らかなピュレに。カリッと薄いチュイルに包み、滑らかさとクリスピーさのコントラストが楽しめる「尾長鴨と九条ネギ」。

そして、佐藤氏のシグネチャー「イカとカリフラワー」。白で統一された小さなひと皿だが、スライスした生のカリフラワーの下には、表面だけ軽く焼き目をつけた肉厚のアオリイカとカリフラワーのピュレ。むっちりとした食感のイメージが重なる、濃度の高いカリフラワーのピュレとイカ、山の旨味と海の旨味、そしてピュレに使われている果実味豊かでフレッシュなオリーブオイルと、カリフラワーのスライスに絡ませたローストアーモンドオイルの焦げ感までの幅広いレイヤーの味が詰まっている。

◎ニシン 晩白柚

北の食材で「春告魚」とも呼ばれる、脂ののったニシンを白バルサミコ酢でマリネし、南の柑橘類、晩白柚と合わせた。細切りにしたウドの香り、ホースラディッシュの穏やかな辛みをフロマージュブランのクリーム感が包み、どこか北欧的な組み合わせ。一粒一粒がキラキラと輝く晩白柚の果肉は、液体窒素をかけて粒をばらしたもの。細切りにした晩白柚の皮のコンフィと共に表面にまとわせ、ニシンとクリームの脂をすっきりとまとめている。

◎白ミル貝 タケノコ

次は食感をテーマに、サクっとしたタケノコとこりっとした白ミル貝を合わせた皿。上に飾られているメカンゾウの芽が食感のアクセントになっている。前の皿のボリューム感ある味わいから一息つくような、ひんやりとした温度帯、食感を生かすために、塩を入れた氷水にくぐらせて身を締め、表面だけ軽く火を通した白ミル貝、タケノコ、メカンゾウの根と、優しい甘みが重なる。少しシークワーサー果汁の酸味でエッジをたてて。

◎百合根 黒トリュフ

静かで優しいレイヤーの味わいのあと、ここで一気に味と香りのボリュームが上がる。トリュフ、バニラ、バター。官能的な味わいを一口に凝縮させた熱々の百合根。糖度が高く香りのよい帯広産の月光百合根をフランス産バターとタヒチ産バニラでコンフィに、下は月光百合根と黒トリュフのエスプーマ。香ばしく焼き上げた際のヘーゼルナッツのような香り。まるで焼き菓子を食べているような甘やかな一皿は、フランス料理の「グルマンディーズ」の要素を集約させたような印象だ。

◎豚 フキノトウ

前の皿のインパクトを一旦リセットするような、石垣島産の南ぬ豚(ぱいぬぶた)を塩漬けにし、味を凝縮させてから作ったピュアな味わいのスープ。もっちりしたラビオリの皮にはちょっと猪を思わせるような温かみのある香りの肉がぎっしりと詰まっている。噛むと、フキノトウの野趣、味噌と混ざって濃厚さが増した豚肉の香りがフワッと広がる。上には、小さいフキノトウの花が3つ散りばめられ、苦味のアクセントになっている。

◎シラウオ セリ

「フランスの魚に比べ、日本の魚はどうしても味が繊細すぎたり、日本料理の方が合うような気がする、それならその繊細さを生かした料理を」と、アヒージョのようにニンニクとオリーブオイルで火入れをし、セリをたっぷり使ったリゾットと合わせて。「作っているうちにどんどんセリが増えてしまって」実は米の4〜5倍のセリが入っているのを、優しいシラウオ の味とリゾット に入っているパルミジャーノ・レッジャーノチーズが受け止める。

◎ホワイトアスパラガス コンテ

チーズつながり続く次の皿は、フランスの春の風物詩、ロワール産のホワイトアスパラガス。その火入れがとても印象的だった。茹でるのではなく、鮮度のよい素材そのものが持つ水分を生かし、フランス産発酵バターの中でじっくりと火を入れたそうだが、しっかりと火を入れることでホワイトアスパラガスの甘みが最大限引き出されている。最高の状態の火入れで、出来立てを供するため「アスパラガス専門」のスタッフを2名つけるほどのこだわりだ。添えられているサバイヨンは上質なヴァンジョーヌのアルコール感をしっかり残してあり、フランスの著名なチーズ熟成士、ベルナール ・アントニー氏が熟成したコンテチーズ、生クリーム、卵黄と合わせてある。秀逸だったのは花うどの葉、香りはヴァンジョーヌに、ほのかな苦味はアスパラガスに合わせて、今、この時期の日本でしか食べられない皿に仕上げてある。

◎いちご ポブラノ

様々な赤い甘みをまとめたさっぱりとしたグラニテ的な位置付けの皿、イチゴに、イチゴエキスでマリネして甘みを加えたトマト、辛みよりも甘味が際立つ唐辛子、ポブラノをサラダのように仕立て、上にイチゴのチュイルを飾って。ポブラノの穏やかな辛みは、食欲が増進させるだけでなく、唾液が出ることで前の皿の印象をリセットし、口の中がさっぱりとするという役割も。

◎乳飲み仔羊 桜

フランスの春の食材、乳飲み仔羊の中でも極上のロゼール産をこのために特別に取り寄せ、きめの細かい肉質を、桜の葉の甘い香り、仔羊の骨などからとったフォンを軽やかにオリーブオイルで乳化させたソースでいただく。

◎尾長鴨 ゴボウ

ワラやヒノキの香りをつけながらローストした新潟の網獲りの尾長鴨は、しっとりとしたベルベットのような食感と皮のクリスピーさの対比が楽しめる。春が旬の葉ごぼうは、根は揚げて、茎はソテーにと別の調理法で仕上げ、フキのピクルスを飾って。鴨とオレンジは定番のコンビネーションだが、ソースは鴨の骨のフォンに熟成バルサミコ酢、宇和島産のみかんジュースを煮詰めて仕上げ、甘いスパイスの香りをまとわせた。

◎ヒノキ キウイ

鴨の赤身の香りをすっきりとさせてデザートへの橋渡しをするのは、日本人なら誰しも癒される、ヒノキの香りのプレデザート。世界で活躍する著名なミクソロジスト、南雲主于三氏の協力のもと、ヒノキの香りを移したジンで作ったジントニックを更にシャーベット状にし、キウイフルーツと合わせたもの。最後にヒノキのエキスを垂らして、香りを立てます。

◎奄美黒糖 ラムレーズン

コースの最後に合わせて軽やかに、意外性がありつつも王道のデザートを、ということから生まれたのが奄美黒糖のミルフィーユ。軽やかなパイ生地に合わせてエスプーマで仕上げることで、しっかり、たっぷり絡ませられるカスタードは奄美黒糖が味わいのコクも加える。

そして、印象的だったのが添えられたラムレーズンのアイスクリーム。パナマ産の21年物のラム酒にバニラビーンズを漬け込み、そのバニラを使った極上のアイスクリームを作成。更に、同じラム酒に大粒の干しぶどうを漬け込み、直前に混ぜてサーブすることで、極上のラムとバニラの華やかな香りとしっかりとラム酒を吸い込んだ干しぶどうのジューシーさを満喫できるアイスクリームに仕上げてある。

◎カカオ ハスカップ

発酵によって引き出された、フルーツのような酸味が魅力のカカオハンターズ社の2種類のコロンビア産チョコレートを使ったデザート。赤いフルーツの印象があるシエラネバダ産チョコレートのガナッシュと、よりすっきりとした味わいのアルアコ産のチョコレートのソルベに、高田氏自らが発酵させた、ハスカップのジュースを合わせ、更にカカオパルプを煮詰めて作ったグラニテを合わせるなどして、「糖分や乳脂肪を加えてしまうと、おいしいチョコレートになってしまう」(佐藤氏)ということで、その手前のカカオという素材の香りと酸味を生かしたデザートとなっている。

小菓子はヘーゼルナッツのメレンゲに、栗の蜂蜜が香るプラリネクリームを挟んだもの。

冬から春を迎えようとする今。フランスと日本の、極上かつ希少な食材を、異なる2つの視点から磨き上げ、昇華させた料理の数々。料理は本質的に不可逆的なものだが、「いま、ここでしか食べられない」という、瞬間を捉えた贅沢な料理を頂いたと感じた。

このコラボレーションが捉えたのは、食べる側の心だけではない。席数50に対して、調理に携わったのは30人、サービススタッフ30人という異例の多さ。

今年10月に隈研吾氏デザインのファインダイニングをフランス・パリに開業予定の佐藤氏、数々の賞のみならず、3月16日開業の日本初のWホテル、「Wホテル大阪」の飲食部門をコンサルティングする高田氏と、これからの動向も注目される両シェフ。そんな2人のもとで働きたいと、日本各地から研修を希望する若手料理人が参加していたからだ。このフェアの立役者である、ホテルニューオータニ(東京)の岩崎州彦氏によると、ニューオータニ では通常、関係者以外は研修を受け付けていないが、このフェアの際には、きっちりと健康診断をした上で、特別に参加してもらっているという。それには、未来につなぐ、こんな思いがある。

「こうして集まって来た若手料理人は、『将来は自分も海外で開業したい』などの明確な夢を持っていて、少しでも多くを学びたいと、目の色が違う。彼らにホテルのスタッフも良い刺激を受けています。『いつかパリに店を出したら、このフェアをさせてください』なんて声も聞きます。このフェアが、彼らが夢を具体的に描く手助けとなり、未来の『世界で活躍する日本人シェフ』を生み出すきっかけになれば」。

また、20年という長い年月をパリで過ごして来た佐藤氏にとって、食の視座はフランスにあり、日本は故郷でもあると同時に「旅先」でもあるという。「旅はインスピレーションの源。コロナ禍もあり、日本で多くの時間を過ごし、高田シェフとたくさん話し合い、同じ厨房で料理を作りあげることで、良い刺激を得られる、深いコラボレーションになりました。また、フランスをはじめとする海外に行けず、外食も控えていたお客様から、ガストロノミーの喜びを伝えていただけたことが嬉しかったです」と、シェフとしての思考を深める時間ともなったようだ。

社会が変わりつつある今、未来の料理、ガストロノミーはどうなっていくのか。2人の心に映る景色が見たくて、抱いていた疑問を投げかけてみた。

2人が口を揃えて言ったのは、「コロナ禍でも料理そのものは変わらない」ということ。「そんなことで変わるような料理を作っているつもりはないです」と佐藤氏が言えば、「(コンサルティングの仕事を増やすなど)ビジネスのスタイルが変わることはあっても、料理自体は変わらないですね」と高田氏もうなずく。「だって、うちはうまいもの屋だから」。そう、「おいしい」は、どんな時代の荒波にも負けない、正義なのだ。

仲山今日子=取材、文 依田佳子=撮影

仲山今日子

ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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