とんかつ定食とは、日本が世界に誇るべき「和定食」ではないか。3年間で都内のとんかつ屋を80軒近く食べてきて、つくづくそう思うようになった。
とんかつ自体がおいしい店は増えている。だがそれ以上に脇役の仕事が大切であり、特にご飯、味噌汁、お新香という、定食の三大要素が優れていてこそ、主役であるとんかつを輝かす。食べ終われば、しみじみとした和定食の良さが押し寄せて、幸せを運ぶ。
「すぎ田」は、それらのすべてに一点の曇りもない。まずなにより、とんかつが出色である。
磨き抜かれた白木のカウンターに置かれたロースカツは、細かい衣をぴったりと着込み、細い幅で均等に切られた切り口からは、肉汁が輝く肉が見えている。 食べればサクサクと、軽快に衣は弾け、ゆっくりと甘い肉のエキスが染みだして、脂がするりと溶けていく。ラードのコクをまとった衣と豊かな肉汁をほおばる。とんかつの醍醐味が、ここにはある。
「親父の時より少しだけ細く切っています」と、二代目の佐藤光朗さんがいう切り幅は、肉の厚みや質を計算に入れて、口に入れた時に最もおいしく感じられるように切られている。
甘くみずみずしいキャベツ、仕事が行き届いたお新香、3種のソース、錬りたてでヒリリと辛い辛子、香り高く甘いご飯。すべてが整った誠実な和定食の中で、一際輝いているのが豚汁である。
とんかつ屋で出す豚汁は、豚コマ切れが入り、脂が浮いた、それだけでご飯が掻き込めるような豚汁が多い。だがそれでは、主役のとんかつと喧嘩してぶつかってしまう。くどくなってしまう。
「昆布と鰹の香りもカツには余計なので、豚だけで出汁を取り、肉片は取り出し、脂も徹底的に引きます」という「すぎ田」の豚汁は、豚の甘みと野菜の甘みが溶け合った優しい味わいで、味噌の香り高く、肉を食べ進む興奮を、ふんわりと丸く、癒してくれる。
この合いの手こそが、とんかつ屋の豚汁の役目ではないだろうか。味噌は、信州白味噌、仙台赤味噌、越後麹味噌の3種。具の大根、人参、牛蒡は、先代の時から変えていない。その中でも「ただ大根だけは少し厚みをもたせほうが優しいかなと、厚くしました」と、微妙な改良を施している。
「面倒な店を残して悪かったな」と、先代がお亡くなりになる前に言われた店は、メニュー数も少なく、逃げ場がない。常連がほとんどで、店に来て、先代がいないのを見ただけで帰る客も多かったという。
「でもやり続けるしかないと思いまして」。代わって厨房に立つようになって6年、ようやく常連から認められるようになっていった。
「とんかつをご馳走にしたい」。その思いだけで始めた「面倒な店」は、息子が忠実に仕事を守り、新たな仕事を加えなら進んでいく。こうしてこそ「とんかつ定食」という比類なきご馳走は、つながれていくのである。
Mackey Makimoto
立ち食いそばから割烹まで日々食べ歩く。フジテレビ「アイアンシェフ」審査員ほか、ラジオテレビ多数出演。著書に『東京食のお作法』(文芸春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)。写真左が著者、右は佐藤さん。
すぎ田
東京都台東区寿3-8-3
03-3844-5529
● 11:30~14:00、17:00~20:30(20:15LO)
● 木休
● ロース2100円、ご飯300円、単品のみ
● 20席
※価格は税込み
本記事は雑誌料理王国第255号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第255号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。