「フロリレージュ」川手シェフのオリジナリティのルール


足元の疑問に気づかせてくれる貴重な体験から
オリジナリティは高まる

川手さんのオリジナリティのルール
●物事を疑ってみる。そして別の方向からも見てみる
●すべての人に感謝をする
●海外でさまざまな経験を積む

2017年に、南米ペルーからアマゾンに入られたと伺いましたが、いかがでしたか?

アマゾンというより、もともと児童就労などの問題があると聞くカカオの生産現場を見たかったんです。縁あって太田哲雄さんという、アマゾンのスペシャリストのような料理人に連れて行ってもらったんですが、彼が親しくしているカカオ村は、ペルーの奥地にあるので、必然的にアマゾンを体験したわけです。とにかく、アマゾンは圧倒的な場所でした。原生林の中を何時間も歩いて、吸血ヒルに血を吸われ、毒アリに刺されながら食料にするスリ(ゾウムシの幼虫)を捕りに行ったりね(笑)。でもあれだけ大変な思いをして、捕れたスリはたった6匹。食料を手に入れるとは、いかに大変なのかを実感しました。

都会では何でも簡単に買えますが、アマゾンではつねに命に向き合う必要があるんですね。

動物はもちろん、植物ですら生き残るために必死で、だから食材がみんな力強い。味わいがクリアなことにも驚きました。泥水のアマゾン河に住む川魚だって、ジビエだって全然臭みがない。ただ水で煮ただけでおいしい。スパイスを使った料理をほとんど見かけないのは、臭み消しが必要ないからじゃないかと感じ、本当にびっくりしました。

アマゾンからの贈り物
黒糖入りのカカオのムースをキャラメルのシートで包み、若い山椒の実とショコラのクランチを添えて。カカオのクリアな風味を活かすため、できる限り引き算して、シンプルな構成に。

体験が自分の中にある引き出しを増やす。多様な引き出しが個性に
アマゾンを知った。それだけではオリジナリティがあるとは言えない

アマゾンでの体験は、その後のクリエーションを変えましたか?

人生観を変える旅で、考えさせられることが多かったです。ただ、それを機会に料理が大きく変わったかというと、そうではありません。これまでいろんな国でイベントをさせていただきましたが、その度に自分の中に引出しができている感覚なんです。新しい料理を考えていると不意にその引出しが開いたり。アマゾンも同じで、現地でできた引き出しが時々カタカタと開きます。

アマゾンの料理は手を加えないものが多いのでしょう?

確かに、食材に対するアプローチは印象的でした。僕の料理は、手をしっかりかける皿と、逆に加えない皿の2系統に分かれるんですが、後者の割合が少し増えたかもしれません。アマゾンの水煮のジビエのクリアなおいしさを、そのまま東京の僕の店で出すのは無理だとしても、そのエッセンスを取り入れたい、という思いはどこかにありますね。そういう思いが、オリジナリティにつながるのかもしれませんし。

アマゾンの世界観を共有できる料理人はまだ少ないでしょう? 

そうでしょうね。これからも、貧しいカカオ村の住民の生活をサポートするために、今後どうすればいいかとか、フェアトレードのカカオをもっと広める方法を話しあうことが必要ですよね。料理人にとって大手メーカーの製品だけでなく、あの村のカカオのような顔が見える製品の「選択肢」ができることは、大きなシステム改革だと思うんです。エシカル(倫理的にまっとう)な食材を求める料理人もたくさんいます。

アマゾンカカオ
カカオフルーツの種から作られるのがカカオペーストだ。まず外側のカカオポッドという硬質の殻を割り、果肉に包まれたたくさんの種を取り出して果肉と種を分ける。そのうち種を特殊な機械で粉砕し、加熱しペースト状にしたのち、冷やし固めたのがこの塊だ。太田さんが仕入れているのは、カカオ生産量全体の数%ともいわれる希少なクリオロ種のカカオで、国内の多くのレストランに卸している。

やらないよりやったほうがいい。
希望をもっていこう

自分ができることを今までどおり信念を持ってやっていく

海外には、社会問題に積極的に取り組んでいる料理人も多いですね。  

食を通して社会に訴えかけるという点では、日本に比べて海外のシェフは進んでいると思います。

川手さんは、ずっとフードロスの問題に取り組んでいますよね。  

社会を大きく変えるのは難しいとしても、自分ができることを今までどおり、信念を持ってやっていこうと思っています。どうせ変わらないから、とやらないよりも、やった方がいい。希望をもって。

オリジナリティを武器にご自身の道を切り拓いてこられた川手さんから、若手料理人へのアドバイスをお願いします。

できるだけ早いうちに、海外に出て、言葉や文化、宗教などすべて違う中に身を置いて働いてみると、「生きる力」を養える、と太田さんも言っていました。料理人としての引出しも増えますし。僕は、当たり前のことを当たり前と思わず、まずすべてを疑ってみることを勧めます。足元に転がっているものが、じつは宝物だったりしますから。また、レストランは幸せを作る場所であることが大前提だと思っています。お客さまの賛同を得るためには、「おいしさ」が必須であることを忘れないようにしてほしいですね。

Hiroyasu Kawate
1978年、東京都生まれ。「ル・ブルギニオン」(東京・西麻布)等で修業後、2006年に渡仏。「ル・ジャルダン・デ・サンス」(モンペリエ)で研鑽を積み、帰国後「カンテサンス」(東京・白金、後に移転)のスーシェフに。09年6月に「フロリレージュ」を開き独立。18年版の「ミシュラン・ガイド」で二ツ星に昇格し、 18年3月の「アジアのベストレストラン50」で3位に選ばれる。

text by 佐々木ひろこ photos by 依田佳子

本記事は雑誌料理王国2018年7月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年7月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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