高温か、低温か、によって生まれる食感の個性。「志摩観光ホテル」総料理長 樋口宏江シェフの火入れ


 「火入れで生かしたいのは素材が持つ香りですね」と「志摩観光ホテル」総料理長、樋口宏江氏は鮑の肝を殻からはずしながら語った。そばでは生きた伊勢海老が氷水に浸けられておとなしくしている。

 「志摩観光ホテル」は伊勢志摩の海でとれる新鮮な海の幸を生かした料理が評判だ。「鮑のステーキ」は樋口氏の師匠である故・高橋忠之氏が生んだスペシャリテのひとつだが、樋口氏はこのレシピも継承しつつ、もうひとつ自分なりの鮑料理を作り上げた。それが57℃の低温調理での火入れである。高橋氏の鮑はやわらかさと強いうま味が印象に残るが、樋口氏の鮑はやわらかいのだが弾むような食感があり、その刺激とともに磯の香りがふわっと広がってくる。もうひとつの名産の伊勢海老はクリームスープが高橋氏のスペシャリテだが、樋口氏はそのまま軽く火入れし、爽やかなソースを合わせた料理も献立に加えた。

 「火を通して新鮮」は30年以上前の高橋氏の名言。時代が移り変わり、今は樋口氏ならではの表現で、また生き生きとその言葉の意味を我々に問いかけている。

鮑をふたつの調理法で

高温か、低温か、によって生まれる食感の個性

【高橋忠之氏の加熱法】

沸騰した湯で鮑を5分間ゆでる(写真①)。水にとり、すぐに殻から肝をはずす。鍋に水と鮑を入れ、大根の厚切りと塩を加えて火にかける(写真②)。約3時間弱火で煮る。そのまま冷ます。鮑の表面にごく薄く平均的に薄力粉をまぶし、多めの油をしいたフライパンでアロゼしながらこんがり焼き上げる(写真③)。

【樋口宏江氏の加熱法】

鮑を殻付きのままホテルパンに並べ、90℃のコンベクションオーブンで1分間、57℃で2時間(ともに湿度100%)火を入れる。肝と殻をはずす。提供する時に軽く火を入れる。

【高橋流】鮑のステーキ海の七草ソース

やわらかく煮た鮑を丸ごとステーキにし、海の七草と呼ばれる7種類の海藻の粉末を加えたブールブランと合わせた香り豊かなひと皿。春キャベツのエテュヴェに菊芋のピュレとチップを添えて。

【樋口流】鮑の低温調理
焦がしバターの軽いソース アスパラガス添え


低温調理した鮑の表面にさっと火を加え、エスプーマ(泡状)にした焦がしバターを添えて軽やかに。新鮮なアスパラガスはゆでずにソテーすることでホクッとなり、その食感が春らしい。スライスした生のアスパラガスはヴィネグレットで和えた。


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