成功店に学ぶ 成功の新法則「パーラー江古田」


 東京都練馬区の南東部、西武池袋線の江古田駅近くに「パーラー江古田」がオープンしたのは、2006年。個性的な味わいのパンを求めてお客さまが押し寄せ、店内はいつも朝からにぎわう。いまや江古田の知名度を上げるほどの人気となっているこの店が、ゲストに愛される理由はなんだろうか。そこから見出せる成功の新法則とは?

カフェ経営の夢をかなえるためまず、パンの勉強をした

オーナーの原田浩次さんは、学生時代、オーストラリアに滞在し、シドニーやメルボルンのカフェ文化に触れた。コーヒーを飲む時間が好きだった原田さん。就職した会社の経営が傾き、退職したのを機に、カフェ開業に向けて動き出した。

まずカフェで出すサンドイッチ用のパンを焼く勉強をしようと、ベーカリーで修業。その後、松戸のパン店「ツオップ」のカフェに勤務した。

独立を決意したのは33歳の時。当初は車を改造して屋台のような店を出す計画だったが、免許取り消しの事態となってあえなく断念。その時、母校の大学があった江古田駅周辺で、家賃8万円の店舗を見つけた。「場所にこだわりがなかったんです。『ツオップ』で働いた経験から、いい店なら、ちょっと辺鄙な場所でも人は来る、と考えていましたね」

原田さんは借金することなく、江古田で店を構えることになった。カウンター4席とテーブル2席の店内。家賃が安いとはいえ、カフェに加えて、パンの販売で売り上げをたてなければやっていけなかった。じつは当初、パンは店のメインではなかったのだ。

著名ブロガーの書き込みなどで原田さんのパンの評判が広まり、まず地元客が増え、次第に遠方からゲストが来るようになる。スタッフがひとり、ふたりと増え、やがて猛烈に忙しくなった。「ある程度人口が多い街を選べば、都心じゃなくてもやっていけるんです」。急行は止まらないが、近郊に大学が3つひしめき、住民も多い江古田は、結果的に、ベストな出店場所だったのだ。

一軒家の1階を改装した店内は、天井も床も木の風合いを活かした心地いい空間。パンを焼くスペースは店の奥にあり、早朝から仕込みが始まる。

今のレベルで営業するには「江古田がギリギリ」

2011年には、江古田に程近い小竹向原に、保育園併設のカフェ「まちのパーラー」を展開。2015年には「パーラー江古田」を、前店舗のそばの一軒家に移転した。パンの調理スペースを拡張し、イートインの席数を13席に増やし、メニューに「中勢以」の肉を使った、サルシッチャなどの自家製の加工肉が加わった。「素材にはお金をかけますが、それ以外のコストは最小限に抑えます」。かたまり肉で仕入れることで、輸送費やカッティングの手間賃を省く。そのかわり、肉のそうじや下処理は原田さんをはじめスタッフが担当する。大きな肉を保存するためのスペースの確保も必要になる。

「僕らがやっている〝手作り〞のレベルは、中途半端じゃない。ある意味で、非常に効率の悪い事をしているんです」と原田さん。肉に限った事ではなく、パンに使う小麦は、石臼で挽いて粉にする。コーヒーはホットもアイスも、注文が入ってから豆を挽き、原田さんが自分で淹れる。「今提供している味やサービスを今の値段で出すには、江古田がギリ、ですね」。都心ではできないことが、江古田だからできている。ゲストはその仕事の成果をリーズナブルに享受できるのだ。

自家製サルシッチャのひと皿。日によって違うパンが数種類盛られる。この日は、ブルーベリー、クランベリー、カシューナッツ、ピスタチオを練り込んだ「フルッタ」や、「カシューナッツと黒コショウのパン」など。黒コショウは、カンボジアでコショウ栽培に従事する日本人・倉田浩伸さんの「クラタペッパー」のものを使用。

取り巻く状況の変化 常に「もっと」を考える

「パーラー江古田」には、定番のパンが十数種類あるが、原田さんは開業時から少しずつレシピを変えている。じつは昨年末にもパンのレシピを大胆に変え、しっとり仕上がる湯種を使った生地にシフトした。目標にするパンの姿が明確にあるのではなく、できたものに対していつも、もっとこうしたらどうか、と考えているのだ。「僕らの業態を取り巻く状況は、どんどん変化しています。スペシャリティコーヒーを出す店も、おいしいパンを焼く店も増えました。それはいいことだけれど、脅威でもある」。だからこそ原田さんは、「パーラー江古田」で提供するひと品ひと品を、専門店に負けないレベルで提供したいと考える。

 超人気店になっても変わらない、丁寧な仕事の積み重ねが、この店の大きな魅力。江古田という土地の力がそれを実現させている。「今、過剰に人が一極集中して、ふらっと立ち寄れなくなっている都心の店が多いように思います」。原田さんは、そういう店から心が離れたゲストの、上質な受け皿でありたい、と語る。

パン作りには、10種類ほどの国産小麦を使い分けている。それぞれのパンごとに、石臼で挽いた2~3種の小麦粉をブレンド。レーズン酵母で発酵させたものはくせのない味に。小麦酵母のものはさまざまな酵母菌の働きで少し酸味がでる。

成功の新法則

都心での出店にこだわらない
西武池袋線沿線、急行の止まらない駅・江古田に店舗を構える「パーラー江古田」。都心から離れてはいるが、家賃やスペースの広さだけでなく集客の面でも立地にメリットがある。

素材そのもの以外にかかる仕入れコストを抑える
サルシッチャなどにする肉は「中勢以」のものを使用。肉はかたまりで注文し、下処理や輸送費などのコストを極力抑える。

定番のアイテムも、常にレシピを見直す
「パーラー江古田」の常連客にとって既にお馴染みとなっているパンも、じつは変化し続けている。

Koji Harada
1973 年広島県生まれ。企業勤務を経て、千葉県のベーカリーに入店。2003年、松戸「ツオップ」のカフェのオープニングスタッフに。06年「パーラー江古田」開業。11年、地元の保育園からの要望を受けて「まちのパーラー」開業。 15年「パーラー江古田」を移転。

料理王国=取材、文 富貴塚悠太=撮影

本記事は雑誌料理王国275号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は275号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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