「イタリアから帰国して25年、店も来年で20周年を迎えます。その間に蓄積してきた生パスタの引き出しには、自信がある。だからこそまだまだ増やしたいんです」
手打ちパスタなどまだ一般的でなかった90年代、那須昇さんの「カーサビアンカ」は、アブルッツォ州のパスタ、キタッラで一世を風靡した。ところが、今回登場したのは見たこともないショートパスタ。那須さんの"魂"は、キタッラにはない?「もちろんキタッラは自分の原点。でも今の僕は、ルマケッレにも同じぐらい熱いんです」
東はアドリア海、内陸には山岳地帯。山海の食材豊富なマルケ州のショートパスタ、ルマケッレはガルガネッリに似た卵パスタだが、日本ではほとんど知られていない。那須さんも習得して半年だという。
那須さんは本などで「まだやっていないパスタ」を見つけると、知恵と技を駆使して攻略してゆく。メニューには載せていなくても、冷蔵庫には生地のストックがあり、予約を受ければ何でも用意する。那須さんはなぜ、ここまでパスタに魅了されるのだろう。
「形のない粉から作るので、1から全て自分を表現できる。野菜や魚は自分で作れませんからね」
ルマケッレに合わせるソースは「これが僕の思うイタリア」という、自家製サルシッチャ・ポテト・ラデッキオ。マルケ州のクラシックなソースだが、チーズは「おいしすぎる"魔法の薬"だから」と、あえて使わない。30年も前にイタリア北部を回り、トマトもチーズも使わない料理を学んだシェフゆえの、これぞイタリアの味なのだ。
那須さんのモットーは「イタリア人が初めて食べてもイタリア料理だとわかる料理」。そのため近年の"京野菜イタリアン"の大ブームには乗らずに、ラザーニャやオッソブーコなど、古典的なイタリア料理を作り続けた。その反面、毎年必ず訪れて"イタリアの今"の空気をキャッチし続ける。守る味と攻める味、どちらが欠けても那須さんのイタリアンではなくなるのだ。
定番の料理やキタッラを目当てに訪れた客が、那須さんの新作にはまるのも納得である。
ルマケッレ マルケ州で生まれた卵いっぱいのパスタ
名前はカタツムリという意味。イタリアでは同名の渦巻きパンの方が知られているが、マルケ州ではパスタの名前でもある。配合はガルガネッリとほぼ同じで、成型にもガルガネッリ用の器具「ペッティネ」を使うが、厚い生地を直径1.5㎝程の太い棒で二重に巻くのが特徴。外の溝と筒の内部にソースが入りこむため、味がよく絡む。
マルケ州のパスタであるルマケッレは、卵を多く配合した硬めの生地。ハーブをたっぷり混ぜ込んだ自家製サルシッチャの旨さと、脂を吸ったジャガイモが一体化し、パスタとの絶妙なバランスを作り上げる。本場で使うちりめんキャベツは、ほろ苦いラデッキオに代えてアクセントとした。素材といいボリューム感といい、これぞイタリア料理の真髄。
ルマケッレ(作りやすい分量)
強力粉…350ℊ/全卵…1個/卵黄…4個/塩、オリーブオイル…各少量
ソース(1人前)
自家製サルシッチャ…1本/ジャガイモ…1/2個/ラデッキオ…3~4枚/オリーブオイル、塩、コショウ…各適量
Noboru Nasu
1957年京都生まれ。京都の老舗イタリアン「フクムラ」「チポラ」で修業の後、89年から4年半イタリアで経験を積む。北部を中心に10軒の店で働き、95年「カーサビアンカ」を開店。06年イタリア政府よりカヴァリエーレ受勲。京都イタリア料理研究会会長。
藤田アキ=取材、文 畑中勝如=撮影
本記事は雑誌料理王国2014年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2014年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。