天然ダイで、しかも最高級品となると、料亭や老舗割烹が軒を連ねる京都でも、入荷は1日10匹ほどといわれる。現在、京都の東山・下河原に「水円」を営む岩崎武夫さんは、独立前の30年間、京都の高級料亭で腕を磨き、総料理長まで務めたキャリアの持ち主。つまり、希少な天然ダイの旨さを知り尽くしている人だ。その岩崎さんが養殖ダイのよさを生かして調理するというのだから、これは勇気のいる〝挑戦〞以外の何ものでもない。
岩崎さんが扱うのは、土佐鯛工房が高知県須崎市の浦の内で養殖する「海援鯛」。稚魚から抗生物質を使わずに育てられた鯛は、見た目も味もよく、養殖ダイのイメージを変えたとまで言われている。岩崎さんも、実際に調理してみて、「私の知っている養殖ダイとは全然違うので驚きました。形や色もよく、臭みもまったくない」。そして、3品のタイレシピを提案。「タイはおつくりで十分おいしいのですが、もっと素材を活かす方法はないか」と考えた3品だという。
1品目はタイ胡麻味噌丼。胡麻味噌で和えたタイを、熱々のごはんにのせていただく。生のタイに胡麻味噌の風味がきいて、おつくりで食べるのとはまた違った味わいだ。丼を華やかにするミョウガは30秒ほどゆでて、粗熱が取れたら甘酢にひと晩漬け込む。また、絹サヤは湯通しして、吸い物の濃さのだしに1時間ほど漬けるなど、〝脇役〞の準備にも手間を惜しまない。長年、素材をていねいに扱ってきた岩崎さんならではの下ごしらえなのだ。
たとえば椀物にタイを使う場合、火を通し過ぎると硬くなって旨みが半減してしまう。この見極めには長年の経験がモノをいう。その意味で「焼きダイネギそうめんの潮仕立て」は、岩崎さん自慢の逸品。水気を拭いたタイの切り身は、焼き網やグリルなどで皮目だけを焼いて霜降りにし、骨を30〜40分ほど煮てとったスープの中へ。
「火入れの目安としては、焼きで3割、残りの7割はスープの中で仕上げる感じで。また、そうめんに見立て、繊維に沿って細く長く切ったネギについても、火を通し過ぎると歯ごたえがなくなってしまうので注意してください」
3品目の「タイ味噌茶漬け」のタイの場合は、少し発想を変えて、「時間が経ってもおいしい」がテーマの調理法。霜降りにした切り身を、西京赤味噌に実山椒や調味料を混ぜた調味液で煮て、さらにオーブンで焼く。これを具とするお茶漬けは、とても香ばしい。
「天然のほうが使い慣れているということで、今回は、一部、スープなどに天然ダイを使いましたが、これだけのおいしさなら、すべて養殖ダイでも十分と確信しました」
一流料理人のこうした言葉は、生産者の励みとなって、シェフたちの食材選択の幅を広げていくことだろう。
タイの淡白さに胡麻味噌の甘みがよく合う「タイ胡麻味噌丼」。胡麻の風味と海苔の香り、彩りよく飾った絹サヤとミョウガが食欲をそそる。
タイ…7g×6貫/ミョウガ甘酢漬け… 1/2本/キヌサヤ…2枚/だし、焼のり、塩…適量/ご飯…120g
胡麻味噌(10人分)
西京赤味噌…150g/砂糖…10g/ 酒 …12cc/濃口しょう油…25cc/みりん…50cc/白胡麻…100g
Takeo IWASAKI
高校卒業後、18歳で料理の世界へ。 1982年、「高台寺和久傳」に入社し、和久傳グループの総料理長を務める。また、「紫野和久傳」では、おもたせの商品開発などにも携わる。 12年、祇園に「水円」をオープン。
本記事は雑誌料理王国2013年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2013年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。