「レストランケイ」のオーナーシェフ小林圭さんは、現代のエスプリを効かせた料理はもちろん、伝統的な料理にも精通するシェフとしてパリのグルマンを唸らせる。アラン・デュカス氏の旗艦店のひとつ「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で7年間働いた後、2011年にオープンした店は、開店の1年後にはミシュラン一ツ星を獲得していた。世界中の食通に愛される店が目標。そのため、小林さんの努力の日々は続く。
――日本人のパリ出店が目立つようになりました。そうした中、ここが「レストランケイ」の特長だとして、小林さんが特にこだわっているのはどんな点ですか?
第一は、「最高の素材を集めて、それを活かしきる」こと。ですから食材にはいっさい妥協しませんし、生産者との交流も大切にしています。これは、私が7年間師事したアラン・デュカス氏から学んだことで、彼は、「ゲストを満足させる料理の80パーセントは食材で決まる」と言い切っていました。
――残りの20パーセントが、シェフのテクニックということですか?
いいえ、あとの20パーセントはサービスです。極端な言い方かもしれませんが、料理人のテクニックはそれほど影響しないということです。デュカス氏からは、食材への適切な火入れをはじめ、さまざまな技術を学びましたが、もっとも強く叩き込まれたのは、最上の食材を使えば、必ず最高の料理ができるという方程式でした。
たとえば、フランス人が大好きなオマールエビ。以前はオマールエビといえばブルターニュ産でしたが、最近はブルターニュ産が減り、「ヨーロピアン」が主流です。だからこそ、余計にブルターニュ産であることがゲストを満足させる要因になる。最高の食材を揃えることは、とても重要なことなのです。
――生産者とのやりとりで、難しいと感じたことはありません?
日本人だからやりにくいということはありません。もちろん、「アラン・デュカス」というビッグネームが関係していたことも確かです。多くの生産者はデュカス氏に敬意を払い、よりよい食材を提供しようと一生懸命でした。
私は「プラザ・アテネ」で5年間スーシェフとして働き、食材の仕入れはスーシェフの仕事でしたから、とても勉強になりました。目的意識の高い生産者との出会いは、最高の財産ともいえます。独立した今、取り引きをしている生産者の約7割は、「プラザ・アテネ」時代に知り合い、残りの3割は、パスカル・バルボ氏など、やはりパリでトップとして活躍するシェフからの紹介です。
――生産者もシェフと同じ気持ちで、食の向上にかかわっているんですね。
ええ、料理人が生産者に教えられることはたくさんあります。私も独立前、ジョエル・チボーさんという方に大変世話になりました。パリ郊外で野菜を育てている人で、フランスでは有名な生産者です。チボーさんは私が市場に行くたびに、大きな袋を差し出して、「これに詰められるだけの野菜を持っていきなさい。そして、いろいろな野菜を試してごらんなさい」と言ってくれました。その時に払ったお金は日本円で500円ほど。ただで野菜をいただき、勉強させてもらったようなものです。
――シェフにとって、野菜とはどういう食材ですか?
奥が深いというか、一筋縄ではいかないといった存在でしょうか。ニンジンひとつとってもさまざまな大きさや味わいのものがあるし、また、その調理法をスタッフに伝えようとすると、これがまた難しい。肉や魚の火入れだったら、「芯57温度で15分間加熱する」というように、ある程度数字で指示を出すことができます。しかし、野菜の場合、「少し硬めにゆでて」とか「やわらかめに仕上げて」と言ってもうまく伝わらない。実際に作り、その感じを感覚で受け止めてもらうしかないんです。
――食材に関して、小林さんがスタッフによく言われることは?
たとえ野菜の切れ端でも、少量のミンチ肉でも、粗末に扱わないということです。我々の仕事は生物の命をいただくことで成り立っているのですから、命への感謝を忘れてはならないと思っています。
――パリからご覧になって、興味深い日本の食材はありますか?
フランスのシェフたちは、今年解禁となった和牛に興味を持っている人も多いようですが、私の興味の対象は種類豊富な柑橘類ですね。日本では季節ごとにいろいろな柑橘類が実ります。そんな柑橘類を通して、日本の食材の素晴らしさを見直そうと考えているところです。
―― 小林さんは伝統的な料理についても時間をかけて学ばれましたが、「モダン」をめざす人にも「クラシック」の知識や技術は必要ですか?
もちろんです。現代的な料理は、ある程度経験を積めば誰でもできるようになります。けれど、それだけでは行き詰まる時が来る。実際、そういう料理人を何人も見てきました。行き詰まりを回避してくれるのが、フランスの歴史や文化に育まれてきた伝統料理に対する知識です。伝統料理を知っているか知らないかによって、その料理人の引き出しの数は、全然違ってくるのです。
たとえば専門学校を出て、20歳でこの世界に入るとして、40歳までは20年あります。その内の5年や10年くらい伝統料理に専念しても、出遅れたことにはなりませんよ。
――小林さんはこの世界に入った当初から「30歳でシェフになる」と決めていらっしゃった。すべてを計画的に進めていらっしゃるんですね。
計画を立て、目標を持って進むことは非常に重要です。少なくとも、5年先は見据える必要がある。ビジョンがしっかりしていれば、少々道を外れたとしても、すぐに軌道修正できますから。周囲に流されて自分を見失うこともありません。私の場合はパリに店を開いていますが、日本にいても海外でも、同じことが言えると思います。
――着実に目標を達成されているシェフの、今後の目標は何ですか?
「レストランケイ」を、世界各国からゲストが訪れる店にすること。そして、お客さまに「今日の料理が、今まで食べた中で一番おいしかった」と言ってもらうことです。そのためには、料理だけにこだわるのではなく、料理と空間とサービスが三位一体となったテアトル(劇場)のようなレストランでありたい。そう考えて昨年は、厨房を一新。今年はサンルイのシャンデリアで店内の雰囲気をグレードアップしました。
――テアトルの実現には、チーム力が必要ですね。
そうなんです。今、15人ほどのスタッフがおりますが、そのうちひとりでも違う方向を向いてしまったら、この目標は達成できない。一人ひとりが自分の仕事に責任を持ち、時にはサポートし合って、チーム力を高めようとする気持ちが大切です。それができないとゲストは来てくれないし、ゲストが来なければ、毎日がリハーサルで終わってしまいます。
――スタッフの中には、日本人もいらっしゃいますよね。
ええ、現在、厨房とホールとを合わせて、5名の日本人スタッフが働いています。
――彼らに対して、小林さんがよくおっしゃることはありますか?
海外で働くからには、常に日本人の代表として来ている自覚を持ってほしいということです。「日本人は真面目で技術があり、発想力も豊か」――。私も含めて、そう評価されるように頑張っていきたい。私たちが、今、こうして海外で力を発揮できるのは、諸先輩たちが道を作ってくれたおかげ。ですから私たちにも、努力して後輩たちに道を拓く義務があると思っています。
Restaurant Kei
レストラン ケイ
5, rue Coq Héron 75001 Paris
01 42 33 14 74
● 12:30~13:30LO(火、水、金、土) 19:45~21:00LO(火~土)
● 日月休
● 30席
www.restaurant-kei.fr
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国第241号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第241号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。