注目された石川杜氏の去就が、2020年8月に公表された。竹鶴酒造を退社し、月の井酒造店の杜氏に就任。蔵の改革を使命に、「真に個性的な酒とは何か」を追及していく姿勢には一点の曇りもない。石川杜氏が向き合う、酒造りの本質とは何か――。
――広島から遠く離れた茨城へ。どのような気持ちで蔵入りしたのでしょうか?
「酒造りに関して、今までの環境に似た蔵を探す気はありませんでした。まったく違う環境に身を置き、そこで自分の酒造りがどの程度通用するのかチャレンジしてみたかったんです。原料米にしても、今まで使ってきた雄町も八反錦もありません。触ったことのない米や水だけど、それなりに丁寧にこちらが接していけば、答えてもらえるんじゃないかなと思っています」
――2020年10月に蔵入りし、まず何から始めたのでしょうか。
「ずっと蔵の整備を進めてきました。例えば、この数十年間仕込み蔵として使っていたところを貯蔵庫にしたり、細かいところで言えば麹室での箒の使い方から教えたり。この蔵を活かすために、その障害になるものは取り除き、継承すべきものは残し、復活すべきものは復活させました。掃除を行き届かせ、整理整頓が進むと、蔵の印象はガラッと変わります。蔵人や蔵元も、それを身体で感じたはずです。『月の井』の酒造り全体を改革することが私の使命ですが、何かマジックが使えるわけではありません。お米を扱うにしても、微生物を育てるにしても、ひとつひとつのことを丁寧にやっていくことが大切なんですね」
――石川杜氏が実践してきた「米や水、蔵の環境を活かす酒造り」は、月の井酒造店でも変わらないわけですよね。
「ここの蔵の個性をいかに発揮できるかが、自分の目指すところです。決して『月の井』の酒が『竹鶴』のような酒になるわけではありません。竹鶴の酒も、あの酒質を目指したのではなく、結果なんですね。それは『月の井』でも同じです。自分が酒質を決めて、そこに向かって酒造りをするというやり方は、今までやってきませんでしたし、これからもやるつもりはありません。地酒とは何か、個性とは何かを『月の井』での酒造りでも追い求めていきたいと思っています。蔵の個性は狙って出すものではなく、自然に滲み出てくるもの。狙ってしまったら、それは演出に過ぎませんから」
――改めて伺います。新天地での酒造りが始まり、杜氏とはどういった仕事だと痛感していますか?
「お互いが信頼し、力をあわせて頑張れるチーム作りをすることです。そして、どういう方向性で酒造りをするのか、どのレベルで頑張るべきかを示し、理解させるのが杜氏の仕事です。幸い、ここ月の井酒造店ではチームに恵まれました。このメンバーで、真に個性的な酒を醸していきたいと思っています」
杜氏
石川達也(いしかわ・たつや)
月の井酒造店杜氏、広島杜氏組合長、日本酒造杜氏組合連合会副会長。神亀酒造での修業を経て、1996年に竹鶴酒造の杜氏に就任。2020年7月末に同社を退社し、今期から月の井酒造店の杜氏として酒造りに励む。令和二年度文化庁長官表彰を授与。
text 馬渕信彦
本記事は雑誌料理王国314号(2021年2月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は314号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは、現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。