さる4月7日、東京・大手町のアマン東京のメインダイニング「アルヴァ」で、アブルッツォワイン協会主催のペアリングランチ会が開かれた。
アマン東京の総料理長、平木正和シェフが繰り出すイタリア料理とアブルッツォワイン。それぞれの味わい、香り、産地などに光を当てながら紡いだペアリングを紹介する。
まずはアマン東京の総料理長で、イタリアンダイニング「アルヴァ」の指揮をとる平木正和さんのご紹介から。平木さんは20代前半でイタリアへ渡り、なんと17年間も現地で過ごし、ヴェネチアの5つ星ホテルでは総料理長も務めた。
日本に戻り、現職についてからは、自らの足で日本各地の生産者を巡る旅に出た。そして見つけてきた食材に敬意を払いながら、平木さんのフィルターを通して、イタリア料理に仕立てる。「アルヴァ」とはラテン語で「収穫」を意味するが、平木さんはその言葉を看板に掲げ、季節の移ろいを料理で表現している。
そんな平木シェフの料理とペアリングしたのは、イタリア、アブルッツォのワインだ。
イタリア半島中部に位置するアブルッツォ州。その大半が山岳や丘陵地帯が占めており、自然保護区が多いので“緑の州”とも呼ばれている。ここは古くからワイン醸造がさかんで、イタリア国内で屈指のワイン生産量を誇る。アブルッツォワインと聞くと「お手ごろ価格の日常ワイン」といったイメージを抱く人が多いかもしれない。それが近ごろ、一流レストランのメニューに並んでも違和感がないほどのクオリティにまで進化しているという。
アブルッツォワイン協会の活動を支える、フィレンツェ在住のジャーナリスト池田匡克さんは、近年の進歩についてこう分析する。
「アブルッツォのワイン作りは古代から続いています。かつては“質より量”が重視された時代もあったのですが、近年は、小規模の作り手が増え、さらに世代交代が活発に行われています。新世代の作り手たちは、テロワールや固有品種を再評価して、思い思いのワイン作りをしているのです」
その進化を裏づけるような、平木シェフの料理とアブルッツォワインが紡ぐペアリングの数々を紹介していこう。
この日、東京の桜は満開。1皿目のメイン食材となったのは、「春告魚」(はるつげうお)との異名を持ち、春に旬を迎える鰊(ニシン)。オイル漬け、燻製、酢締めという3種の調理法をほどこし、それぞれに山菜をそえた。
鰊と合わせたのは「チアヴォリッチ」という作り手による、トレビアーノを使った白ワイン。アブルッツォ州では、白ブドウの大半が海側で作られるため、ミネラル感が豊富。白い花を思わせるアロマもしっかりとある。鰊のように香りの強い魚とも相性が良い。
魚介類をトマトや赤ワインなどで煮込むイタリアの郷土料理「ブロデット」も、平木シェフのフィルターを通せばリストランテのひと皿に。皮目をパリッと焼き上げたホウボウに桜海老をのせて、濃厚なトマトソースと、アブルッツォの名産でもあるサフランの泡を添えた。
桜海老から立ち昇る香りを楽しんでいると、目の前に、色鮮やかなロゼが登場! 作り手は州中心部にブドウ畑を持つ「バローネ・ディ・ヴァルフォルテ」。こちらは2021年ものでまだ若く、色がきれいで、そのアロマはイチゴやサクランボを思わせる。果実味と酸味のバランスが良く、余韻はドライな印象で、料理に合わせやすい1本だ。
アスパラガスと卵。イタリア料理で王道といえるこのコンビに、ペコリーノロマーノチーズを加えたひと皿が運ばれてきた。さらに平木シェフがやってきて、1人1人のお皿にトリュフをトッピング。なんと芳醇な香り・・・。アスパラガスの食感と味わい、チーズや卵の濃厚さ、トリュフの香りが、口の中で一体化して幸福感が押しよせた。
これに合わせるのは、アブルッツォで作られる黒ブドウの7割を占める「モンテプルチアーノ」、2019年のさわやかな赤。ルビー色が美しく、ベリー系の香りで、果実味もしっかりとある。卵やチーズ、トリュフの濃厚さをさわやかにまとめてくれる赤だった。
アブルッツォのパスタといえばキタッラ。「ギターの弦」を意味し、木枠に弦のような針金を張って作られるのでこう呼ばれる。平木シェフはオーガニック全粒粉でキタッラを作り、蝦夷鹿のミートソースをまとわせた。ひき肉状とサイコロ状を合わせ、実に食べ応えあるソースだ。上に散らしたのは、北海道に春を告げるアイヌネギ。これらの食材は全て北海道産である。
蝦夷鹿のキタッラには、2018年のジューシーな赤を。オーガニック認証を受けたワイナリー「トッリ・カンティーネ」によるモンテプルチアーノ。熟成に時間をかけて、ジューシーな果実味、まろやかな味わいに仕上がっている。ソースとワインが合わさると、味わいとうま味が相乗的に作用した。
春から初夏、栄養たっぷりの牧草で育まれたニュージーランド産の仔羊は、ていねいに火を入れてロゼ色に。ラムのジュースを使ったソースで仕上げた。羊の隣には、バラの花をかたどった新じゃがいも。その下に敷いたのは、青森県産大蒜とバルサミコを煮つめた、まるでチャツネのような味わいのペースト。
スプリングラムに合わせるのは、深みのある赤。2014年のモンテプルチアーノだ。酸がきき、グローブやバニラといったアロマが肉にぴったり。アルコール感もあり、このペアリングコースを締めくくるにふさわしい1本だった。
text : 笹木菜々子、写真提供:アブルッツォワイン協会(池田匡克撮影)