福島県のほぼ中央に位置し、東北では仙台に次ぐ経済規模を誇る郡山市。そんな同市を拠点に開催されている1日限りの野外レストラン「フードキャンプ®」が全国から人を呼び寄せている。
青空の下で、風を受けてたなびく真っ白なテーブルクロスには皺ひとつ見つからない。卓上には、シルバーのカトラリーや磨き上げられたグラス、本日のメニューが並ぶ。ここは福島県須賀川市にある、完熟イチゴの生産者「おざわ農園」のど真ん中。ビニールハウスの中に突如現れた、野外レストランの会場だ。席に着くと運ばれてきたのは、農園のとれたてイチゴを使ったフランス料理の数々。ゲストは30名ほど。料理とワインを前に自然と笑みがこぼれ、知らない者同士の会話が弾む。なんと贅沢で、豊かな時間なのだろう。
この1日限りの野外レストランは、市内の旅行会社「孫の手トラベル」が手がける。その名も「フードキャンプ」。舞台は県内の畑や田んぼ、果樹園、湖畔など。生産者のもとへ、キッチンカーと県内で活躍するシェフ、そしてゲストが赴き、とれたての食材を使ったフルコースを提供。その舞台が日本酒蔵やワイナリーならば、ペアリングコースを提供することもある。ゲストは食事の前に、野菜や果実の収穫を体験したり、畑に寝転がってみたり、醸造場を見学したり…。その日のテーマ食材が育った環境を見て、食材に触り、知識をインプットしてから料理を味わう。しかも生産者といっしょに。「作り手のこだわりや苦労、そしてその地の風土を感じることで、料理がより特別に感じられるでしょう?」と、孫の手トラベル代表の山口松之進さんは語る。
フードキャンプは2016年夏に発足し、18年から本格始動。冬を除いて毎月1〜2回、年間数十回行っていて、今年の終わりには通算80回超となる。ゲストは県内5割、県外5割ほどだ。
今や全国から人を呼び込んでいるフードキャンプは、どのような経緯で始まり、今の形になったのか。
孫の手トラベルの母体はタクシー会社「山口タクシーグループ」。もともと山口さんの祖父が1955年、たった3台のタクシーから始めて事業を拡大。山口さんが会社を継いでからは、タクシー事業に新しい付加価値を求めた。
「地方で暮らすには車が必要不可欠。特に免許を返納した高齢者にとってタクシーは大切なライフラインです。そこで2009年に介護タクシーを始めました。その延長で、自宅から送迎つきの日帰りバスツアーをはじめたんです」と山口さん。自宅を一歩出たら全ての面倒を見てくれる、まさに「孫の手」のようにかゆいところに手が行き届いたツアーは、チラシを一度配ると1000人が集まるほどの人気に。
そんな中で起こった東日本大震災。福島では最大震度6強の揺れや津波に加えて、福島第一原発事故による放射能問題が巻き起こった。
「我々はタクシー業が母体ですから、当時、避難者の支援をしていて、生産者の皆さんの無念を身近で感じました。降り注いだ放射能により生産物を廃棄せざるを得ず、除染によって先祖から培ってきた肥沃な土壌をはぎとられてしまったのです。しかし、めげずに立ち向かう生産者の皆さんの強さに心を打たれました」。
ツアー事業の中で、観光において食がどれほど重要かを理解していた山口さん。福島の食のために何かできないかと考えていたとき、ある生産者のことが脳裏に浮かんだ。「福島を代表する野菜生産者、鈴木農場の鈴木光一さんです。彼の話を聞いて、畑へ行ってもぎたてのトウモロコシやナスを食べてみると、ひと際美味しく感じる。そんな体験から、畑へお客さんを連れていき、生産者と消費者の関係性を密にすれば風評被害は無くなるのでは?と考えました。そこで生産者と消費者を繋ぐ青空レストランを作りたいと、漠然と思い始めたのです」。
そこからフードキャンプを始めるまでには、いくつかの運命が交差することになる。
1つ目は2015年、山口さんは知人が要らなくなったキッチンカーを購入。当時はフードキャンプの構想が形になっていなかったが、後にこの車がフードキャンプの要となる。
2つ目は、キーパーソンとなる2人の後押しがあったこと。1人は「食×地方創生」のパイオニアである「アル・ケッチァーノ」奥田政行シェフ。もう1人は郡山・日本調理技術専門学校(以降は「日調」と表記)の鹿野正道校長。奥田シェフは震災後、福島の食を応援するために、薄皮饅頭で有名な「柏屋」開成店の裏庭で、県産食材を使ったトレーラーレストラン「福ケッチァーノ」を始めた。その運営を日調の卒業生が担った。加えて鹿野校長は震災後、WEB上のプラットフォーム「食大学」を立ち上げて、地元生産者を巡って紹介。その食材を実際に集めた「開成マルシェ」を開き、生産者と消費者を繋げる活動をしていた。「奥田さんが始めた福ケッチァーノを同社が引き継ぐことになったり、鹿野校長のマルシェを同社も手伝ったり、2人とは色々なご縁があって」と山口さん。フードキャンプのモニターツアーが始動できたのは、この2人の支えが大きかったという。
さて、フードキャンプでは毎回、生産者と料理人が代わる。県内屈指の生産者の食材を使って、野外という特殊な環境でコース料理を出すのは、シェフの実力や機転が問われるところ。「おざわ農園」で腕を振るったのは、「郡山フランス料理研究所 ルセット」の國岡弘益オーナーシェフだ。國岡シェフはこれまでフランス料理一筋で、東京や福島のほか、仏・ペリゴール地方のミシュラン星付きレストランでも2年修業を積み、昨年9月に郡山駅前で店を開いた。
國岡シェフが参加するのは3度目。今回の食材はイチゴで、生ものなので、事前に切ったり下味をつけたりすると風味の低下や過剰な水分流出の恐れがある。そこでイチゴに関する作業は当日やることにして、そのほかの肉や魚の仕込みといった作業は、事前に店でしっかりと準備。「事前準備が8割、当日の作業が2割、といった配分です。店での仕込みも、当日のゲストの満足感に繋がってきます」と國岡シェフ。
國岡シェフと小沢さんは何度も相談をしてメニューを固め、前日の店での準備は深夜まで及んだ。店をやりながらフードキャンプに参加するのはハードな一面もありそうだが、メリットが多分にあると國岡シェフ。「一流の食材はそのまま食べても十分に美味しい。それを料理してさらに美味しくする責任が自分にはありますから、真剣そのものです。野外では、風が吹けば雨も降る。安定感ある盛り付け、素材の組み合わせ方を考え直すきっかけになりました。またフランス料理は出来たて熱々を食べて頂きたいですが、野外では料理が冷めやすく、動物性要素の強いソースは固まりやすい。そんなことから今回はメイン料理を特殊なフィルムで包むことを思いつきました」と國岡シェフ。そして何より、生産者の方々との繋がりができて、自分の視野が広がることが嬉しいという。「フードキャンプで出合った食材を店も仕入れるようになったり、考えたメニューをレストランで提供したり。孫の手の皆さんと、生産者の方と、頭をひねって形にしたことは経験値として確かに蓄積されています」。
今回のコースは、小沢さんの完熟イチゴと福島県産食材を使った全6品。「イチゴとフルティカトマトのガスパチョ」「サーモンとイチゴのタルタル」「ホワイトアスパラと豚肩肉のコンフィ イチゴのラヴィゴットソース」というように、イチゴはほとんどの料理に登場し、その量は1人1パック半ほど。仙台から参加した女性は「食べること、飲むことがとにかく好き。お皿に余ったソースはイチゴで拭うと良いわね」と、1人参加だが周りと打ち解けて心から楽しんでいた。東京から訪れた女性2人組は「すっかりフードキャンプのリピーターに。最近では必ず宿をとって観光します」。県外からのゲストに福島の魅力が伝わる様子を目の当たりにして、県内から参加したゲストは誇らしげな表情を浮かべていた。
郡山駅前で「郡山フランス料理研究所ルセット」を営む國岡弘益オーナーシェフ。福島食材をとりいれた伝統的なフランス料理を提供する。修業時代には、仏・ペリゴール地方のミシュラン1つ星「レ・デリス・ドォルタンス」に2年間勤務。
福島県郡山市駅前2-1-14 エリート24 2F
TEL 024-983-5950
18:00~24:00(23:30LO)
日休
郡山観光交通株式会社/株式会社孫の手
代表取締役 山口松之進
1970年、福島県郡山市生まれ。タクシー、バス、運輸、物販などを展開する山口タクシーグループの代表で、フードキャンプの仕掛け人。「奪い合う観光ではなく認め合う観光」を目指し、希望者にはフードキャンプのノウハウを伝えている。
text: Nanako Sasaki photo: Toichi Miura